「なぜ、アーハンブラ城へ行ったの?
私は、貴方をあんなにも苦しめたのに。」
「わからねぇよ。
でも、俺の中にある何かが、俺を許してくれなかったんだ。」
「貴方はエルフの怖さを知らなかった?」
「知らなかったけどな。
直接対峙したら、すごく怖かったぜ。」
「じゃあ、逃げればよかった。」
「だからって、怖さに負けたら、俺は俺じゃなくなる。
その方が、何倍も怖いのさ。」
「どうして怖い相手に立ち向かえるの?」
「俺は今まで、色んな人たちを不恰好ながらも助けてきたからな。
今度だって出来ると言い聞かせたのさ。」
「そこまでする必要があった?」
「俺は何の因果か力があったから。
力があるのに、逃げ出すのは卑怯なことなんだよ。」
「貴方と私は何の関係もないのに?
貴方は私を望んでいるの?」
「ち、違うぞっ!
それに、・・・何の関係もないなんてことはないだろ?
お前はルイズを助けてくれた。
立派な仲間だろ?」
「それで、貴方は命を賭けられるの?」
「それで俺は命を賭けられるのさ。
・・・もういいだろ?
この問答に何の意味があるんだよ、なぁ、タバサ?」
問いに答えずに、急にくすくすと笑い出したタバサを、
俺は呆気に取られながら眺めていた。
普段の俺ならば、こんな風にいきなり笑い出されたら、
きっと変なことをしてしまったのだと、オロオロしてばかりだったろうが・・・。
その時は、全然そんな風に思わなかった。
俺が自分の様子すら分からないうちに、
タバサの微笑がゆっくりと、笑い方を思い出すかのように大きくなっていった。
そして、今ではバカみたいに笑い出したタバサに、俺は。
ようやく気づいた。
俺は、見惚れてしまっていたのだ。
その、笑うという行為自体が楽しそうな少女が、あまりにも可愛く見えたのだから−。
ゼロの使い魔SS イーヴァルディの王子サマ?
あの、どうしようもない程反則な相手だったエルフと対峙してから、
すでに数日が経っていた。
俺達一行は既にガリアの国境を超え、ゲルマニアの国土を踏みしめていた。
ガリア国内でこれ以上のトラブルはなんとしても避けたいと、
病人であるタバサの母親を連れていたにしては、強行軍で進んでいたのだが。
予想に反して、全くと言っていいほど追っ手は見られなかったのだ。
・・・まるで、意図的に俺達を逃がそうとしたかのように。
ルイズとキュルケはその事をしきりに気にしていて、
このまま先に進むことを良しとはしなかった。
トリステインで裁きを受ける覚悟は出来ていたが、
ゲルマニアのツェルプストー領に到着と同時に、
ガリアに強制送還なんてことになったら洒落にもなりはしない。
・・・まぁ、そんなことはさすがにキュルケがさせはしないだろうけど。
とにかく、敵がガリア国内で仕掛けてこないのであれば、
逃げ道で圧力を掛けている可能性が高いだろうという結論になった。
そんなわけで、ゲルマニアとガリアの国境から少し北へ行った、
それなりに大きな町に、ここ2日程潜伏していたのだ。
目的は情報収集。
とはいえ、キュルケ以外に役立つ人材が居るわけもない。
むしろ邪魔になりそうだと言うことで、
目立つ行動を取ったりしないよう、言いくるめられていたりする。
でかい事件も一応は片付いて、ごろごろと出来るかと思っていたんだが。
1つ問題があった。
なんでも、あのエルフに使ったディスペルが城中に作用したとかしないとかで、
タバサの母親に対する呪縛が弱まっているとは、デルフの言だったっけかな。
で、中途半端に解けた呪いは余計にタチが悪いらしい。
起き出した途端に暴れること、暴れること。
モンモンの薬にその度にお世話になっていたのだが。
そんなにストックを持ってきていたはずもなく、既に薬が無くなりそうらしい。
それで、ルイズとモンモン、それからギーシュの3人で、
材料を買いに魔法薬の店に行ったんだっけか。
ルイズがもう一度ディスペルを唱えられるようになるまでは、
モンモンの薬だけが頼りだしな。
まぁ、俺達にしてみれば情報収集よりも、
こっちの方が滞在の主目的だったりするのだが・・・。
アーハンブラ城から今までの出来事を思い返して、
先ほどの笑顔を頭から振り払おうとしていた俺に、恨みがましい視線が突き刺さる。
まぁ、この町に着いてから2日間、浴び続けていたら慣れてきたので、
今はそれほど気にしてはいない。
むしろ、そんな視線など感じていない、と無視できるぐらいになった。
さすが、俺。
成長してるな!
取り敢えず、そっちは無視を決め込むことにした。
それで、ふと視線を下ろすと、ようやくハマリから解放されたのか、
タバサの無表情顔がすぐ目と鼻の先にあった。
「うをっ!」
と声を上げて、思わず後ずさる。
最近実戦や剣の稽古を通じて、
人が近づいてくるのが気配らしきもので分かるようになっていたからな。
暗殺術のような静謐さで気配を殺して近づいてくるタバサに思わず過剰反・・・、
って!?
つつつ・・・と俺が下がった分だけ近づいてくるタバサ。
その口元が微かに動き、その小さな指先が俺の服を摘もうとし・・・
「うがぁああああーーーー!!」
森の奥へ住まう野獣でさえ、このような禍々しい叫び声を上げたりはしないだろう。
俺は咄嗟にタバサから大きく距離をとり、
さすがに無視出来なくなった人物の方へ仕方なく目を向ける。
「なんなんだっ!
一体なんなんだっ、キミはっ!!
ツンデレ貴族にご奉仕メイドときて、
今度はクーデレ眼鏡っ娘かっ!?
この世の春は全て自分のモノとでも言いたいのかっ!!?」
別の世界から電波を受信しているらしいマリコルヌが、
身動きの取れない状態で喚き散らしている。
ツンデレ・・・?
クーデレ・・・?
聞いたことがないはずなのに何故か懐かしい気分になり、
郷愁が胸に上ってくる。
そんな異次元すら巻き込み、
俺の世界との掛け道を作るという奇跡をやってのけたマリコルヌは、
タバサの、
「黙ってて、邪魔。」
と言う声で沈黙させられた。
正確には、
「ば、罵倒がだんだん、き、気持ちよく・・・。
ルイズに虐げられるサイトの気持ちが分かってきたかも・・・。」
とか恍惚とした表情でほざいてるがムシだ、ムシ。
ちなみに、俺がルイズに苛められているときはあんな阿呆な表情はしてないぞ。
ホ、ホントだからねっ!?
まぁ、マリコルヌも可哀相な役割を与えられているからな。
荒む気持ちも分からんでもない。
その役割は、タバサの母親のお世話係・・・、
というか、何故かあいつが今は『シャルロット』らしい。
あの人形からマリコルヌに配役がチェンジした理由は分からないが、
まぁ、マリコルヌがシャルロットを演じればいいだけなので、
俺には問題はない。
・・・マリコルヌは女の役を演じつつ、しかも人形として動くことが出来ないことに、
タバサは自分をマリコルヌに演じられることに、かなり不満のようだがな。
先ほどのも、母親を取られた娘の可愛らしい嫉妬なのだろうし。
「それは違うと思うけどなぁ・・・。」
「鈍感・・・。」
ん?何か言ったか?
そして、3日目。
昨日までの情報収集では大した成果は得られなかったらしい。
キュルケが言うには、
「本当に何もないか、
あるいは、余程極秘裏にコトが進められているか、のどちらかね。
ま、どちらにしてもこの町ではもう調べようがないわ。」
とのことだ。
そして、モンモン調合の薬も無事完成したため、
あまり長居するのも良くないという判断の下、この町を離れることになった。
・・・のは良いんだが。
さて、現実逃避はそろそろ止めにしよう。
昨日も似たようなことをしていたが、それは気にしないことにして。
窓から四角く切り取られた青空を眺めていた両目を、恐る恐る下に向ける。
先ほどと変わっていない。
取り敢えずこれで俺が幻覚を見ていた、という事にはならなかったわけだが・・・。
まぁ、待て。
平賀才人、現実を見つめよう。
まず、今は朝。
俺は起きたところ。
で、ベッドには2人の人がいて・・・。
待て待て。
もう一度だけ、確認しよう。
もしかしたら、やっぱり俺の見間違いかもしれないからな。
三度、俺がベッドの横に視線を向けると、
やっぱりタバサがそこで寝息を立てていた。
すぅー、すぅーという規則正しく聞こえる音が生々しい。
ルイズよりも小さいその身体が、肌着一枚に覆われているのが逆に艶かしい。
自身の身体よりもかなり大きめの肌着は、
少女の見てはいけない部分を隠すのには妙に頼りなく感じる。
実際、今タバサが寝返りを打った瞬間にちらりと何かが視界に−。
俺が男としてのサガで思わず凝視してしまった瞬間、
予告も無しに部屋のドアが開け放たれた。
「サイトっ、ご主人様に起こしてもらえるなんて、光栄におもぃ・・・」
唐突に尻窄みになって、我がご主人様の声が途切れる。
ノックもなしで開けられたドアがバタンっ、と閉まる音が響いた。
それは、俺の耳には、カーンッという開始のゴングの鐘の音に聞こえたのだった。
「こ、このっ、犬っ!
年中発情犬っ!」
・・・私が目を覚ましたとき、彼の部屋はひどい惨状だった。
カーテンはずたずた、毛布はぼろぼろ、カーペットは穴だらけ。
どうやってつけたのか、クローゼットにも無数の傷跡が見える。
・・・寝ぼけてアイス・ストームでも使った?
「ほらっ、わんっ、って鳴きなさい!
・・・ふーん、そう、ご主人様の命令が聞けないのね?
全く、躾のなってない野良犬はこれだから。」
そんな事を言いながら、妙に嬉しそうなルイズがいた。
ああ、と思い当たる。
私が布団に潜り込んだのが、ルイズにばれたのか。
彼は最後の抵抗とばかりに、
ぶるぶると首を振ってわんと鳴けという命令に逆らっているが・・・。
「まぁ、いいわ。
その方が、躾甲斐があるってものよ。
それじゃあ、立場ってヤツを分からせてあげる必要があるわね?
犬は犬らしく、床に這い蹲らせてあ・げ・る♪」
ルイズは、心底楽しそうにに言うと、先にとげとげのついた鞭を振りかぶる。
私は枕元に置いてあった杖を取り、咄嗟に呪文を唱える。
風の刃は正確にルイズの鞭の先端を引きちぎり、鞭が彼へと振り下ろされることはなかった。
私はほっと息を吐き、
「おはよう」
と言った。
「あ、ああ、おはよう・・・。」
彼は私に挨拶を返してくれた。
自然に笑顔がこぼれる。
その彼の姿が吹き飛ばされた。
ルイズが惚れ惚れするようなミドルキックを彼のお腹に叩き込んだからだ。
・・・いけない。
嬉しくて、防ぐのを忘れてた。
ルイズは私の顔をじろじろと見つめた後、はぁーとため息を吐いて
「おはよう」
と言った。
「・・・それで、この方法でいいかしら?」
キュルケの声で、はっと目が覚める。
え、え?
あれ?
確かルイズにしこたま殴られて、とどめに蹴りをくらったはず?
・・・アレ?
どうして宿の食堂にいるんだ?
「どうした、サイト?
疲れが溜まっているのか?」
ギーシュが俺に声を掛けてくるが、
「ああ・・・?」
と生返事を返すばかり。
ルイズに助けを求めようと隣に視線を向けると、ぎろり、と睨まれる。
こ、怖えぇ・・・。
思わず視線を逆方向へ向ける。
すると、こちらを見つめていたタバサと目があった。
「だいじょうぶ?」
「あ、ああ、身体は痛いがなんとか大丈夫・・・というか、
俺はどうやってここまで移動したんだ?」
「私の魔法で。」
ついと自分の杖を持ち上げるタバサ。
「ゾンビのようにふらふらと移動してきて、座り込んだまま黙りっぱなしと思ったら、
突然きょろきょろと辺りを見回したりしたんで心配したが・・・、そういう事かい。」
ギーシュが頷きながら補足してくれる。
・・・どうやら、気絶している俺を魔法で操ってここまで連れてきたらしい。
あと、ルイズの視線がすこぶる痛いんだが、
もしかしてタバサは何の説明もしてないのかっ?
「な、なぁ、ルイズ・・・?」
俺は恐る恐るといった風にルイズに話しかける。
「なぁに?
ちっちゃい子が趣味の変態使い魔君?」
にっこりと笑顔で言われる。
が、目が無茶苦茶怒っているのが分かる。
「そ、そんなんじゃないもんっ。」
既にもんになった俺は怯えながらもなんとか反論を言おうと、
「死ねばいいのに。」
一瞬にして崩れ落ちた。
侮蔑の瞳で、ルイズの可憐な唇から飛び出した屈辱的な言葉は、
俺にとって致死性のレベルだったらしい。
「ゆ、許してください、ご主人サマ?
この私めが完全に間違っておりました。
ご、ご主人サマが私にとって全てです。」
もう俺に出来ることは絶対服従しかないと、
犬だったら思いっきりお腹を見せている状態だ。
ルイズはそこでようやく微笑を浮かべる。
それだけで俺の視線はルイズの顔に釘付けになってしまう。
ああ、俺のご主人サマ。
この犬めにどうか御慈悲を・・・。
ルイズはどうしようかな、とニヤニヤ笑いながらもこちらに流し目を送ってくる。
そして、ルイズが口を開こうとした瞬間、
ずい、と俺とルイズの間に何かが入ってきた。
「不愉快。」
そう言って、ルイズを睨みつけたのはタバサだった。
世界に入っていたルイズはそこでようやく食堂中の注目を浴びていたことに・・・、
って、みんな見てるしっ!?
俺も正気に戻って、いつの間にか座り込んでいた床から立ち上がり、
椅子に座りなおす。
ルイズも居心地悪そうに、黙って席に座りなおす。
キュルケがはぁ、とため息を吐いて、
「ヴァリエールの血筋はこんなのばっかりなのかしら・・・?
こんなのと長年争っていたとは、情けない限りね。」
とこぼしていた。
「まぁ、ぼくはたびたび見てるから・・・。」
「私もこの前の馬車で見てたから・・・。」
ギーシュとモンモンは他人のふりをしながら、
フォローになっていないフォローを入れてくれた。
ちくしょう。
「まぁ、これでこの町には滞在しづらくなったし、反論は受け付けないわ。
人員を先行隊とタバサの守護隊に2つに分けましょ?」
とキュルケが高らかに言うが否や、俺達はさっさと宿を後にしたのだった。
「・・・で、どうなったんだ?」
町を逃げるように飛び出した後、
俺は隣の御者台に座っているギーシュに喋りかけた。
「ああ、町で情報がつかめなかったからね。
タバサとその母君を隠し小屋に匿っておいて、
その間に先行部隊がツェルプストーの領までの道のりを確認するというわけさ。
ちなみに、先行部隊はぼくとルイズ、キュルケにモンモランシーの4人だよ。」
「おいおい、俺とルイズは別行動か?」
「ああ、反論は受け付けないよ。
男手は分けた方がいいし、メンバー構成もそれぞれ見合ったものだしね。
正直、ぼくじゃあ万が一追っ手が来たとき、守りきるのは難しいだろう?」
と、反論を試みるものの聞き入れてはくれない様だ。
まぁ、確かにそうかもしれないけど・・・。
「で、サイトはタバサたちと一緒に、キュルケの隠し小屋まで行ってほしいそうだ。
場所はタバサが知っているらしいからね。」
有無を言わせぬ口調でそう言った後、俺の耳元に唇を寄せた。
そして、ギーシュは打って変わって軽い口調で、
「ま、タバサもキミのことを気に入っているみたいだし、
王女様の味ってヤツがどんなものなのか、再開したときに教えてくれ。」
「お、おいコラっ!?」
「ハハハ、報告を楽しみにしてるよ?」
そう言って、ヒラリと馬車を飛び降りた。
「お、おいっ!?」
俺が慌てて馬車を止めようとすると、
さらに3つの人影が馬車から飛び降りる。
が、さすがにメイジというか。
あっさりと空中に静止して、
俺に向かってさっさと先に行けと手をひらひらと振っている。
あ、ルイズだけはモンモンに抱きついてる格好だが。
ま、ルイズも了解しているなら、俺がとやかく言うことでもないか。
そう思うことにして、前を向く。
って、うをっ!!
後ろを向いている内に迫っていた木を、慌てて避ける方向へと馬車を操作する。
なんとか間に合ったが、もの凄い勢いで馬車が揺れた。
まぁ、後ろからマリコルヌらしき、
「ぎゃぴっ!?」
という音が聞こえたが、俺は何も聞いてない。
・・・そして、道案内のためにとこちらにこようとしていたのか、
タバサが転がり込んできた。
体系に見合った体重しかない彼女は、
ころころと転がりながら俺の方へ向けて一直線に・・・?
慌ててタバサを片手で受け止める。
そしてそのままタバサは俺の両足の間にすとんと埋まってしまう。
「このままで良い。」
というタバサの言葉に思わず従ってしまい、
そのまま道案内をしてもらう。
始めはあまりにも急なアクロバットに心臓がバクバク言って全然気づかなかったが、
しばらく走っている内に、女の子と密着しているという事実に気づいた。
タバサの身体の温かさとか、微かに香る女の子の匂いだとか、
頭がくらくらしてきそうになるが、両手が手綱で塞がっていてどうしようもない。
そして、そんな俺が自分の欲望と限界ぎりぎりで勝負を続けること、約30分。
ようやく、目的地に到着した。
キュルケの隠し小屋は、小屋と呼ぶには立派なモノだったが、
お屋敷暮らしの連中からしたら、十分に小さいんだろうとは思う。
無論、日本の住宅事情からすると、かなり大きめの一戸建てといったところだが。
さすがだなー、と馬車を止めてぼーっと眺めていたら、
タバサが何も言わずにするりと俺の脚の間から抜けて地面に降りる。
「あぶ・・・」
タバサが何か言おうとしたが、それに被さるように、
「きゅいきゅいーっ!
お姉さまーー!会いたかったのねーーーっ!!」
馬鹿でかい青いのが突っ込んできた。
直前までタバサの居た場所、つまり、俺に向かってだ。
「ぐふえぇっ!!」
さっきのマリコルヌと競えるぐらい奇妙な音が俺の口から漏れる。
ちなみに、ソレはそのまま青いのに轢かれて御者台から転げ落ちた俺の断末魔だ。
ピクピクと震える俺を踏み潰そうとでも言うのか、さらに青いのが迫ってくる。
ひ、ひぃーーーっ?
ここで、エンディングですかっ!?
「すとっぷ。」
直前で、ぴたりと止まる。
タバサの言葉に反応して停止した、その青いのは・・・シルフィード?
俺、竜に轢かれたのか・・・。
よく生きてるな。
シルフィードは俺を轢いたことなど歯牙にもかけていないのか、
「きゅいきゅい!
お姉さまお久しぶりなのねー。」
と無邪気にはしゃいでいる。
タバサはつかつかとシルフィードの目の前、
つまり這い蹲った俺のほぼ真上であるが、
そこまで歩いてくると、杖をごっと振り下ろす。
「いたいのねーーーっ!」
シルフィードが痛そうに叫ぶが、正直同情はしてやれん。
「轢いちゃだめ。」
「きゅいきゅい、ごめんなのねー?」
何故かタバサに謝るシルフィード。
俺に謝ってくれ、と言いたいところだったが・・・。
タバサの白いストッキングの普段隠された部分までばっちりと見ていた俺は、
もう何もかも許していいや、って気分になっていた。
・・・俺って単純だなぁ。
4人+1匹の暮らしから早くも3日が経っていた。
それぞれがそれぞれの役割を果たす日々が続いていた。
俺はルイズの下働きで鍛えられた掃除と洗濯のスキルを発揮しつつ、
包丁を使ってズバズバと材料を切る係りだ。
伝説の力がこんな事に使われているとは、始祖様とやらもさぞ驚きだろう。
が、味付けについてはこの世界の調味料が良く分からないこともあり、さっぱりだ。
学園でも料理はしなかったしな・・・。
そこでタバサの出番と相成った。
タバサが俺とは逆に味付けは出来るが、
細かい包丁捌きが出来ないといった感じだったので助かったぜ。
そんなわけで、俺とタバサが料理担当に収まった。
そんなタバサは料理のほかに、自分の母親の世話を色々している。
相も変わらずのタバサ母ではあるが、
抵抗もせずに世話を受け入れ始めてくれたことが、
せめてもの救いだな。
シルフィードは主に森から食料を調達する係りだ。
つまみ食いばっかりなことを除けば、まぁ良く働いていると言えるだろう。
ちなみに俺たち到着時のひき逃げ事件があった後は、
シルフィードはずっと人型でいたりする。
・・・まぁ、その方が轢かれても軽傷で済むしな。
さて、これで全員かな。
「−おい、コラ。」
・・・それから役に立っていない人間抱き枕が1つだ。
「って、何だよ、その紹介はっ!?
ボクがいなければ、このおばさっ!?」
そこまで喚きたてた彼だったが、ごほん、と一つ息をついて、
「オルレアン王弟妃はボクのお陰で冷静を保てているんだからなっ。
全く、どうしてボクがこんな目に・・・。」
わざわざ言い直した彼を見て、ははっ、と思わず笑いが漏れる。
「いいじゃないか?
誰でも良いから抱いてほしかったんだろう?
願い叶ったじゃねーか?」
「うっさい。」
そう一言で吐き捨てたマリコルヌは、
憮然とした表情を作りながらも、微動だにしようとしない。
コイツも大概イイ人だな・・・。
別にマリコルヌを拘束しているわけでもなんでもないのだから、
しばらく離れたりとか、逃げ出したりなんていくらでも出来るはずなのだが、
1度もそうしようとはしていない。
それどころか、タバサの母親を目上の貴族として敬っているところさえあるからな。
・・・まぁ、その代わり愚痴の相手をしなけりゃいけないんだが。
そのぐらいは仕方ないと、俺が受け入れるしかないか。
それと1つ困ったことがあったな。
タバサは本来の自分の立ち位置に居るはずのマリコルヌが羨ましいのか、
マリコルヌがしてもらっているのと同じように、抱きしめてもらいたがるのだ。
まぁ、寂しさを俺みたいな身近な存在で肩代わりするのも、
分からんでもないのだが・・・。
そんな話をマリコルヌにしたら、
「きっとキミを殺すのは僕だろうね。」
とえらく真面目な顔で言われたので、怖くなって逃げた。
1日の間で度々抱きつかれていると妙な勘違いをしてしまいそうになる。
ただでさえ、タバサは白い厚めのストッキングを穿いているからなのか、
スカートの裾に対して無防備なところがあるからな。
以前の俺ならそれでもまぁ、下着が直接見えたわけでもなし、
気にしなかったかもしれないが。
ここにやってきた初日に、思いっきりその場所を覗き込んでしまって以来、
ストッキングに目覚めてしまったらしい。
ちらちらとその魅惑のゾーンが視界を掠める度に、
俺の中の何かが溢れ出しそうだぜ。
そんな溢れ出そうなときに抱きつかれた日にはもう・・・。
「サイト、おい?
聞いているのか?」
マリコルヌの声にはっと我に返る。
そういえば、今はマリコルヌの愚痴に付き合ってやってたんだっけ。
あんまりにも非生産的だったもので、想像の翼を羽ばたかせてしまった。
タバサの母親を寝かしつけた後は、大概こうしてマリコルヌに付き合ってやっていた。
酒でも持ってきてやれればまだ良いんだがな。
さすがに病人の前でどんちゃん騒ぎをするわけにもいかず、
こうしてお通夜のような雰囲気の中でぼそぼそと喋りあっているのだ。
「ああ、聞いてるって。
お前は良くやってるよ。」
多分そんな風なことを言っていたのだろうと当たりをつけ、
適当に言葉を返す。
マリコルヌは、
「そうだろ、そうだろ?」
としきりに頷いているが、
スマン、さっぱり何のことを言っているのか分かんねぇ。
トトト、と足音を立てて、
反対側にあるベッドに腰掛けて本を読んでいたはずのタバサが、
近づいてきたかと思うと背中にトサッと衝撃が走る。
・・・抱きついて来たらしい。
タバサは軽いからなんとでもなるんだが、突然どうしたんだ?
俺が突然の行動への疑問を投げかけるよりも早く、
タバサと一緒にいたはずのもう1人の足音が続けて聞こえたかと思うと、
どかっ、と言う音とともに俺の身体が吹き飛ばされる。
・・・言うまでもなく犯人は人化したシルフィードなのだが。
地面に這い蹲った俺は文句を言おうと立ち上がろうとして・・・、
へ?
右手がぷらんぷらんしてますよ?
「って、いってーーーーーぇ!!」
思わず絶叫。
どこかのエルフと対峙したときにも折れたが・・・って、ああそうか。
アレは応急処置的に繋げただけだから、
しばらくはムリして動かさないようにって、モンモンに言われてたっけ・・・。
思わず亀のように丸まってぶるぶると痛みに震える俺に、
元凶であるシルフィードがきゅいきゅい言いながら覆いかぶさってくる。
そのまま服を脱がそうとして・・・、
って、おいっ!!?
「きゅいきゅい!
治療するから、静かにしてほしいのねっ!」
・・・なるほど。
一応真剣な表情をしているし、さすがにこの天然竜も悪いと思ったのだろう。
俺の上半身を裸にして、俺の右手にシルフィードの舌が伸びてくる。
「ちょ、ちょっと待てっ!?」
思わず止める俺。
「治療の邪魔だから、静かにするのねっ!」
もう一度そう言われたが、どう見ても治療には見えない。
と思ったのも束の間、
シルフィードに一舐めされた瞬間、
暖かい何かが右手を走り、
つんざくような痛みが、すぅーっと面白いように消えていった。
おお、すげー。
一心にぺろぺろと俺の右手をシルフィードが舐める度に、痛みが消えていく。
もう既に痛みは殆ど無い。
・・・もう完治したっ!?
ぎょっとしてまじまじと自分の右手を見ていると、
まだ舐め続けているシルフィードの赤い舌が目に付いた。
見た目だけなら、完璧な美女が俺の手を舐めている・・・。
腕中がべたべたになりつつあるが、そんなことは些細な問題にしか感じられない。
もう、おそらくは治療は終了しているぽいが、俺はそんなことは気にせず、
1秒でも長く、この素晴らしい光景を目に焼き続けようと・・・。
胸に衝撃。
どうやら、左側面からタバサが回り込んできたみたいなのだが・・・。
もしかして、タバサも舐めてくれるのかっ!?
と思わず、喜び勇んでしまい、一瞬で自己嫌悪に陥る。
バカか俺は・・・。
タバサは腹にある大きな傷跡に手を這わせていた。
顔を俯かせながら、ゆっくりと、何かを噛み締めるように。
そこではたと気付く。
塞がったものの、まだ残っているその傷は、
タバサに付けられたものだったか・・・。
「き、気にしなくていいぞ。」
俺はどもりながらもフォローの言葉を入れる。
「ほ、ほら、傷は男の勲章って言うし。
その後、お前ルイズ助けてくれたし。」
タバサが顔を上げ、俺の顔をじっと見つめる。
まるで、何かを探るかのように・・・。
「あひゃぁっ!!」
ぶち壊しだ・・・。
まだ俺の右手を舐め続けていたシルフィードの舌が、
俺の敏感な部分を刺激してしまったらしい。
何てタイミングだよ。
タバサは一瞬ムッとした顔を浮かべたが、
直ぐに顔を俯かせてしまう。
・・・怒らせちゃったか?
いや、俺が傷付けられたことで怒るなら兎も角、
タバサが怒る理由なんてないんだが・・・。
「おひょおっ!」
再び変な声を上げる。
そろそろいいぞ、とシルフィードには言わんとまた来そうだな。
・・・と思った俺の視界に、とんでもないものが舞い込んだ。
タバサが俺のお腹の傷跡に、まるでシルフィードのように舌を這わせていたのだ。
こ、この世界では怪我したら唾つけて治すのがスタンダードだっけ?
などと、的外れなことを考えてしまう。
俺よりも2回りは小さいタバサが熱心に傷跡を舐め続けている。
その行為には、先ほどのシルフィードの治療のような、
不可思議な現象は働いていないと断言できる。
出来るのだが・・・、止めさせることが出来そうにない。
実年齢よりもかなり低く見えるはずのタバサの顔が、
やけに大人びて見える。
頬は上気し、サファイアの瞳はかすかに潤んでいる。
時折、眼鏡が俺の身体で、かちゃかちゃと音を鳴らす。
そんな音でさえ、動揺が津波のごとく打ち寄せてくる。
まてまて、サイト。
タバサのこの行動は自分が悪いと思ったからだ。
シルフィードの治療のような力は無いが、
それでも自分のつけた傷が早く治ってほしいって、それだけの・・・。
最大限の努力で自制を続けないと、自分の中の何かが弾けてしまいそうだ。
が、そんな俺の努力は微かに聞こえた、
「この傷だけは・・・私のサイト・・・」
タバサの呟きにあっさりと打ち砕かれた。
もうどうにでもなれと、タバサを抱きしめてやろうとした瞬間、
さらにその衝動は、
「うがぁあああああーーーー!!」
異界の叫びで打ち消された。
「キサマラ、オレヲオコラセタ!
オレ、オマエラ、ユルサナイ!」
何故かカタコトになったマリコルヌが目を見開いていた。
・・・そういえば、こいつがいることをすっかり忘れていたな。
ちりちりと部屋中の空気が振動する。
さすがにタバサとシルフィードも行為を止めて、マリコルヌの方を見ている。
ゆらりと立ち上がった彼の周りに、
まるでつき従うかのように、風が渦巻く。
ごうごうと嘶きながらも、マリコルヌの髪の毛一本なびかせることのない風。
エルフ戦以上の恐怖が俺の中を駆け抜ける。
アレに対峙すれば・・・絶対の死。
アレは、この世にある全ての憎悪を一身に身に受けた、いわば精霊の塊だ。
ルイズの居ないこの場で、アレに勝つことなど・・・不可能!
だが、俺は立ち向かう。
怖い、だけど立ち向かう。
ごっ!と風が一層の高まりを見せ、この小屋ごと弾け飛ばさんと−。
結局、風が炸裂することはなかった。
あんな力を急激に使おうとしたマリコルヌは、力に耐えられるわけもなく、
あっさりと気絶してしまったからだ。
集まりかけていた風は部屋中に霧散したため、部屋の中はひどい惨状だが、
この部屋以外は被害を受けていないようだ。
まぁ、不幸中の幸いってやつか。
俺はタバサを抱きかかえて飛ばされたが、
幸いにもベッドの上に落ちたので怪我1つない。
・・・またこれで腕折れたりしたら洒落にならんしな。
シルフィードは、部屋の隅で打ち所が悪かったのか、気絶中だ。
まぁ、仮にも竜なのだし、大丈夫だろうけど。
ちなみに当然のように爆心地の真ん中にいたマリコルヌとタバサの母親は、
台風の目にあたる場所だったのか、傷1つないようだ。
そんな風に辺りの惨状を確認していたら、タバサが覆いかぶさってきた。
タバサは口数が少ないし、突然行動を取るから、
何を考えているのか分かりづらい。
そんなタバサが、
「聞いてほしい。」
と言った。
真剣な表情をしたタバサが語りかける。
「私の勇者サマ。
貴方は、私を救い出してくださいますか?」
「ああ、必ず。」
俺は答えた。
これ以上ないくらい簡潔に。
タバサはこくんと頷くと、
「私は貴方を守る杖になる。」
先ほどとどう繋がっているのか分からないが、
唐突な展開を俺が理解するよりも早く、
タバサの言葉が繋がった。
「我が名は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
5つの力を司るペンタゴン。
この者に祝福を与え、我を従者となせ。」
その呪文は−。
少し違うが、
俺が使い魔になった懐かしい呪文。
そして、タバサの唇が俺の唇にゆっくりと重ねられた。
タバサの唇が先ほどと同じくらい、ゆっくりと離れていく。
「貴方は勇者。
私は貴方に救ってもらうのを待っていた。
だから、私は貴方に仕えたい・・・。」
タバサのたどたどしい言葉は、ほとんど俺の頭に入ってこなかった。
まぁ、柔らかい唇の感触に心奪われていたからだが・・・。
俺は、何がなんだか訳が分からなくて、
ただもう一度先ほどの感触を味わいたくなった。
今度は自分からタバサの唇を奪おうと、
「お姉さまばっかりずるいのねーーーっ!」
気絶して変身が解けたのか、竜形態のシルフィードが突っ込んできた。
って、ちょ?
おまっ!?
なんで口開いてっ!!?
−がぶりっ
「ああああーーーーーーーっ!!?」
俺の絶叫が人里離れた小屋に響き渡った。
(DEAD END?)