その日は、俺1人だった。
部室にはストーブが発する、ごうごうという音が響いていた。
それどころか、団長机にあるパソコンのファンが回る音まで聞こえてくる。
・・・静かだ。
俺は机に突っ伏したまま、ぼんやりと考えていた。
とは言え、別に
『ハルヒを満足させるために云々』
だとか、
『朝比奈さんがもっと自信を持てるようにするには云々』
だとか、
『長門が何か悩んでいたりはしてないか云々』
だとかを考えていたわけでは決してない。
考えていたことと言えば、
今日の夕飯は何だ?
など、極めて如何でもよいことだったりする。
・・・要するに、何もすることがないだけだ。
ちらりと文芸部の名残である、長門専用の本棚に目を向ける。
・・・まぁ、本を読むのはまた今度だな。
限りなく来る確立の低い『今度』は、気にすることでもない。
本棚から目を逸らした俺は、
机の隅に追いやられた古泉のボードゲームを見る。
・・・俺にはソロゲームをする趣味はない。
古泉は稀に1人で遊んでいるようだが、アレは楽しいのか?
先ほどからファンを回してその存在を誇示しているパソコンに目をやる。
・・・HPの更新でもするか?
面倒くさい。
また次の機会だ。
街灯に惹かれた羽虫のように、定まらなかった俺の視線がぴたりと止まる。
その先にあるのは、朝比奈さんのコスプレ衣装の数々だ。
いい加減、冬も終わろうと言うこの時期だからかどうかは知らんが、
暖かそうなカエルの着ぐるみが、えらく異彩を放っている。
・・・アレっていつからあったんだ?
少なくとも俺には記憶にない!
なんとも恐ろしい考えが頭に浮かび、それを否定するかのように首を振る。
・
・・
・・・
帰りてぇ。
が、ハルヒは
「勝手に帰ったら、死刑だからっ!」
と言い放って飛び出して行ったから、帰るわけにもいかん。
死刑はやっぱり嫌だからな。
また、視界がふらふらと彷徨い始めそうになり、
その無意味さにため息を吐く。
まだ建設的かと、お茶を求めて急須までふらふらと歩く。
ポットから直接、急須にお湯をどばどばとかける。
色々と作法はあるのかもしれんが、出がらし飲むのにそんな必要はない。
気にせず、湯のみにお茶を移す。
・・・色が濃くて、やたらと苦そうだな。
しかめ面を隠そうともせず、再びため息を吐いて所定の椅子にずりずりと腰掛ける。
そんないかにもなダウナー全開の俺の耳に
「みくるはいるかいっ!?」
というメリハリの効いた元気の良い声が、いきなり飛び込んできたのだった。
涼宮ハルヒの憂鬱SS 鶴屋さんといっしょ!
ノックも無しにいきなり部室の扉を開け放ったのは、
SOS団の名誉顧問にして、朝比奈さんの同級生。
通称、というかこれ以外の呼び名は知らん、鶴屋さんだ。
きょろきょろと擬音が聞こえそうな勢いで首をふる鶴屋さんを見て、
俺はああ、と思い立つ。
今までずっと疑問だったのだ。
ハルヒは神出鬼没とはかけ離れたヤツだ。
この部屋にやってくるのは、それこそ50m手前からでさえ分かる。
それが、騒がしい部類に入るこの上級生に対しては、
部屋に入るまで気付くことの出来ない理由は一体何か?
それは、足音だ。
声と動作こそ大きいものの、立ち居振る舞いはきちんと教育を受けてきたのだろう。
歩くのはもちろん、走ってもほとんど物音がしない。
どうしてそんな事が分かるのかというと、
現在部室の中にいる鶴屋さんが少しだけ息を弾ましていたからだ。
歩くだけで息を切らす、運動不足少女だとも思えんからな。
ここまで走ってきたのだろう。
・・・それとも、俺が鈍くて気付かんだけか?
そんなことよりも、だ。
朝比奈さんがいるかどうかだったっけか?
答えはシンプルだ。
あまり待たせるのも悪いし、早々に答えるか。
「残念ですが、居ませんよ。
先ほどハルヒに拉致されていきましたけど?」
俺は簡潔に事実だけを話す。
・・・拉致って言葉が事実なのもどうかと思うが。
「あっちゃー、一歩遅かったみたいだねっ!?
んーっ、仕方ないっ!
キョン君、ありがとねっ!
失礼するよっ!」
少し残念そうな表情を浮かべながら、ぱたぱたと手を振る鶴屋さん。
・・・何か用事があったのかもしれないな。
鶴屋さんは、らしくもない殊勝な表情を浮かべていた。
「それとも・・・、
キョン君がおねーさんに付き合ってくれるかい?」
だから、鶴屋さんが言ってくれた一言が無性に嬉しかったりした。
俺は表面上、苦笑を浮かべながら了承の意を伝えた。
「ええ、俺でよければ」
そんな俺の肯定の言葉に、とびっきりの笑顔を浮かべている鶴屋さんが居た。
・・・もしかして、ツライ仕事か?
早まったかもしれん。
が、その笑顔に免じて騙されておいてあげますよ。
「で、一体全体どうしてキョン君1人だったのさ?」
まだ目的さえ言わないままで、鶴屋さんが尋ねてきた。
あの後、急ぎだと言うことで早々に部室を後にしたのだが。
ハルヒの報復を恐れていた、俺の様子を気にかけたのかもしれないな。
「ああ、それはですね−」
俺は先ほどの出来事を思い出していた。
俺が部室に入ると、そこにはハルヒ、朝比奈さん、長門の3人が居た。
ハルヒはふんふんと鼻歌を歌いながら、何らの準備をしているようだった。
その横にはちらちらと入り口をやけに気にしている、涙目の朝比奈さん。
で、長門は何時も通り隅っこで読書中か。
俺が一体何の騒ぎだろうと、ハルヒに問いかけようとしたときだ。
「あったぁ!!」
とハルヒが満面の笑みを浮かべながら、朝比奈さんに掲げ渡していたのは・・・。
レオタード?
続けて棍棒やらリボンやら、フラフープらしき器具やらと、次々と引っ張り出していく。
・・・いつから此処は新体操部になったのか。
全部のアイテムを揃え終えたのか、
ハルヒがコスプレスペースに突っ込んでいた頭を引っ張り出して、立ち上がった。
そして、ようやく俺の存在に気付いたのか、
仕掛ける前にイタズラが発覚したガキんちょのような表情を浮かべた。
が、それも一瞬のことで、直ぐさまニヤニヤとしだした。
「ふふーん、ま、アンタじゃ私が何するつもりかなんて、分かりっこないわよねっ!
行くわよっ、有希、みくるちゃんっ!!」
「え、ええっ、あの、私、今日はその頼まれごとが・・・。
は、はわわー、引っ張らないで下さいー?」
「・・・行ってくる。」
ずるずると腕を引っ張られる朝比奈さんが何やら言っているが、
ハルヒに聞く耳などあるわけがないことは周知の事実だ。
最後尾にいた、片手にビデオカメラを持った長門が俺に挨拶をすると、
3人はそのまま部室を出て行ってしまった。
閉められたドアを見つめる俺の頭の中が疑問符で一杯になる直前、
ハルヒが突然ドアを開けて頭をこちらに突っ込んできた。
「勝手に帰ったら、死刑だからっ!」
・・・せめて、何をしに行って、何時ごろ戻ってくるのか言え。
「とまぁ、そんなわけでして。」
俺は1人きりで部室に居た顛末を、直ぐ横を歩く鶴屋さんに語って聞かせた。
「それでみくるは来れなかったわけかいっ!
いやー、ハルにゃんも強引にょろねっ!!」
そう言ってカラカラと笑う鶴屋さんは、朝比奈さんと何か約束をしていたようだ。
・・・ハルヒに怒っていいですよ?
鶴屋さんならハルヒも言うこと聞きそうですし。
「それはちょろーっとムリじゃないかなっ!?
むっしろ、キョン君が言った方がよっぽど聞くさっ!!」
ニコニコと笑みを浮かべながら、そんな有り得ないことを仰る鶴屋さん。
俺のしかめ面が面白かったのか、さらにかんらかんらと笑う鶴屋さんは、
いつもの魅力120%増しに見える。
・・・全く、この人にはかなわないな。
「ああっ!」
突然、鶴屋さんが立ち止まる。
俺が見つめたその横顔は・・・苦笑い?
何とも珍しいものを見た気がするな。
「キョン君、ごめんねっ!
まだ何をするのか言ってなかったさっ!?」
・・・そんなことか。
もっと大層なことかと構えていた俺は、ほっと肩の力を抜く。
「いえ、もうこうなったら何でもお手伝いしますので、
じゃんじゃん言ってやってください」
「そんなこと言っちゃうと、後悔するにょろよ?」
鶴屋さんはそこで一息吐く。
「女子トイレ掃除にょろ!」
・・・すいません。
帰っていいですか?
「キョンくーーっん!
そいつはダメっさ!!
さっき『何でも』って言ったのさっ!?」
いえ、それでも出来ることと出来ないことが・・・。
それ以前の問題だと、思わなくもないですが。
「だーいじょうぶさっ!
清掃中の札掛けるし、誰も入ってこないさっ!!」
そう言って俺の手を半ば強引にとって走り出す鶴屋さん。
・・・やっぱりこの人も非常識さではハルヒと良い勝負かもしれん。
トイレ掃除は割愛だ。
まぁ、初体験だったが、トイレはトイレだ。
面白いことはなかった、とは言え思い出してユカイになることもない。
思いがけない鶴屋さんの完璧主義が発揮されて、
1時間も掃除に掛かってしまったぐらいだな。
問題なのは。
さて、どうしてそれが問題かと言うと。
それは現在の状況に付随するからだ!
「あらら・・・ごめんにょろ、キョン君」
本日2度目の苦笑いを浮かべる鶴屋さんに首を振って答える。
「いえいえ、あのバカが悪いだけです。
鶴屋さんが気にすることはありませんよ?」
それは掃除を終えた俺たちが、SOS団の部室に戻ってきた時のことだ。
扉の前に俺のバッグがぽつねん、と置かれていた。
その上には、わざわざ接着剤を使ってくっ付けられた一枚の紙。
『何処行った!?バカキョン!!
帰ったら死刑だけど、私を待たせても死刑だからねっ!!!』
・・・いや、死刑て。
まぁハルヒのことだから、明日には忘れているだろう。
そう思いながらばりばりと張り付いていた紙を剥がす。
紙とは相性が悪かったみたいで、思ったよりも簡単に剥がせたのだが。
・・・ま、このバッグのテカリは後で落とすか。
「キョン君はもう帰るのかいっ!?」
気を取り直したのか、鶴屋さんが尋ねてきた。
俺は肩を竦めながら、
「鍵も閉められてしまったようですから、
帰らない手はないと思いますよ」
と如何にも遠回りな言い回しをしてみる。
「それじゃあ、行きましょうか?」
俺はそう言ってカバンを手に取った。
鶴屋さんは一瞬だけきょとん、とした顔を浮かべた。
それは、俺が疑問に思う前に変化する。
「そうさねっ!
一緒に帰ろうかっ!!」
とびっきりのスマイルだ。
・・・常日頃からハルヒのスマイルを見慣れていなければ、これだけで即アウトだな。
俺はこの類稀なる幸運が上書き、即ちハルヒのスマイル顔でだ、
されてしまったことに顔を顰めつつ、昇降口まで降りていった。
昇降口で靴を履き替えてから合流した俺たちは、
校門を超え、坂道を下っていく。
帰宅部の奴らはもうとっくに帰ってしまった時間、
部活動に勤しむ奴らはまだまだこれからな時間、
俺たちと同じ制服は1人も見当たらない。
と言うより人気がほとんどない。
坂道の途中、もう少し先まで歩いた所でワンボックスカーが、
ハザードをちかちかさせながら道端に停車しているのが見えるだけだ。
・・・ワンボックスカー?
何かが引っ掛かる。
スライド式のドア、あの時と同じモスグリーンの車体・・・。
あの時と?
ぎょっとして俺が立ち止まろうとするより少しだけ早く、鶴屋さんの足が止まった。
俺の前に半身になって立ちふさがるその姿は、まるで俺を守ってくれているようだ。
・・・って、俺も冷静に観察している場合じゃないっ!
「鶴屋さんっ!
逃げ−」
俺の台詞が大気を震わせて彼女の耳に届くよりも早く、
ガラッ、と音を立てて車のドアが開かれた。
見たことの無い顔だ。
年齢不詳、中肉中背、取り立てて特徴が見当たらない男。
もしかしたらあの誘拐事件のときにもいたかもしれんが、記憶にはない。
だが、今のこの状況がすこぶるマズいと言うくらいは分かる。
俺がそんなことを考えている隙に、
その男がいつの間にか目の前に迫ってきていた。
って、おいっ!?
咄嗟に身を翻して逃げようと頭では考えているのだが、
今の今まで、誰かに襲われるなど思いもしなかった俺だ。
残念ながら、バカみたいに硬直してその男に捕まって・・・、
しまうはずだったが、そうはならなかった。
その男の腕が、細っこい手にがっしりと掴まれていたからだ。
立ちふさがったのは、勿論俺と一緒に居た鶴屋さんだ。
「私の大切な後輩に何をするんだいっ!?」
そう言って、男にじろりとした視線を向ける鶴屋さん。
そんな鶴屋さんに怯むこともなく、男はその手を振りほどいて後退した。
男がぼそぼそと何かを喋っている。
と思ったら、再びこちらに向けて突っ込んできた!
鶴屋さんに男の腕が伸ばされる。
が、少しだけ動いてあっさりとその腕をかわした鶴屋さんは、
逆にその腕を取って捻りあげる!
・・・えらく簡単な描写だが、気にしないでほしい。
見えないことを描写することなど出来ないのだ。
男が突っ込んできて、鶴屋さんがかわしたようで、
捻りあげているからきっと腕を掴んだのだろう、
ということが何とか分かるぐらいだ。
俺に期待するなっ!?
鶴屋さんが優位に立っているように見えるからか、えらく余裕な俺だったが、
対峙している2人は当然真剣な表情を浮かべていた。
鶴屋さんが腕を取ったまま、投げ技を繰り出すが、男はえらく身軽らしい。
空中で一回転して足から着地する。
体勢を立て直した男が再び伸ばしてきた腕を、
鶴屋さんが今度は掴もうとせずに、その男の内側に入るように踏み込む。
何かしらかの打撃を加えようとしたらしいが、良く分からん。
分かったのは、男が伸ばそうとした腕を慌てて戻して防御に徹したことぐらいだ。
今度は鶴屋さんが積極的に攻め込んでいったが、
有効打を加えることは出来なかったようだ。
結局、2人は3度、距離を取って対峙した。
しかし、4度目の交錯は起こらなかった。
再びぼそぼそと何かを呟いた男は身を翻して、
待機させていた車に飛び乗ったからだ。
それどころか、そのまま急発進して逃げていってしまった。
・・・どういうことだ?
刺客に襲われるなど初めての経験な俺は、
結局ポカンと事態が収集つくまで眺めていただけだ。
そんな俺に、腕をプラプラと振りながら鶴屋さんが近づいてきた。
まだ硬直して動くことの出来ない俺の肩をバンバンと叩く。
「やー、キョンくんっ!?
何時の間に命を狙われるめがっさVIPになったんだいっ!?
今のうちにサイン貰っといた方がいいかもしれないねっ!!」
そんなあっけらかんと喋る彼女の笑顔を見て、俺もようやく緊張が解けたようだ。
「ただの一般人のつもりでしたけど、実はどこぞの国の王子様かもしれません」
なんて、軽口が出るくらいにはな。
「はっはっは、そりゃ傑作さっ!!
おっと、そうだっ!
唐突なんだけどさっ」
そこまで言って、一度息を吐く鶴屋さん。
「まだ時間あるかいっ!?」
俺は彼女が何を考えているかなんて、深く考えもせず答えていた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「そうかいっ!
それならさ−」
・・・どうして俺はこんなことになっているんだろう。
所変わって、場所は鶴屋家だ。
20畳ほどの和室で、ぽつねんと置かれた座布団の上に腰を下ろしている。
座っているのは俺1人だけだ。
あれから、もう2時間近く経過しており、外はもう真っ暗だろう。
俺がぼへらーっとしながら1人で座り込んでいたら、襖が開け放たれた。
「お待たせ、お待たせっ!
今度は大正袴ってやつさっ!!
どうかいっ!?」
そう言って、くるくると回転しながら俺の目の前までやってくる鶴屋さん。
よほどバランス感覚が良いのか、目を回した様子も見せずぴたりと静止する。
・・・まぁここまで言えばお分かりだろう。
鶴屋家に招待された俺は、何故かファッションショー唯一の観客と化していた。
文化祭のウェイトレス衣装に始まり、
ナース服、
チャイナ服、
ゴスロリ、
巫女服、
シスター服、
それから現在の大正袴だ。
・・・ファッションショーと言うより、コスプレショーだな。
朝比奈さんに触発されたのかもしれんが、眼福なので気にすることでもない。
「ああっ、そうだっ!
これを忘れてたにょろ!!」
そう言って、鶴屋さんが取り出したものは・・・髪留めのゴム?
それから、無造作に髪をかきあげて髪を一括りにする。
大正袴とポニーテールと言う組み合わせは・・・
ヤバイ、破壊力がありすぎるぞ。
「どうにょろ、どうにょろ?」
俺の目の前までやってきた鶴屋さんは、そう言って俺の感想を求めてくる。
スイマセン、後ろでふりふりと揺れている尻尾が気になってしょうがないです。
「と、とても良くお似合いですよ」
そう言いながらも、ついつい視線はポニーテールへと・・・
「こーらっ!」
ぐい、と両手で顔を挟まれて正面へと向き直される。
って、近いですよ!!
「そうかいっ?」
気にした様子もないしっ!?
鶴屋さんが喋るとその愛らしい口の中の八重歯まで見えそうです。
・・・我ながらどんな例えだ。
が、さすがに口の中まで覗かれるのは恥ずかしいのか、
鶴屋さんの顔が慌てて離れる。
「キョ、キョン君、ちょろっと変態ちっくさっ!?」
微妙に呆れた顔で鶴屋さんがぼやく。
・・・これはイカン。
今後も生きていく上で『変態』という烙印を押されたままなのは、
如何ともしがたい汚点だ。
どうにか鶴屋さんに今の発言を忘れさせなければ!
「いえ、すいません。
ついつい鶴屋さんがあんまりにも可愛らしいもので、
目を合わせにくくて・・・」
「ほへっ!?」
ぼかん、とかいう爆発音が聞こえた気がした。
真っ赤なお鼻のトナカイさん、もとい真っ赤な顔の鶴屋さんがぷるぷると震えていた。
そんな光景を見た俺も思わず硬直する。
・・・どうしろと言うんだ!?
俺がなんと言っていいのか考えていると、
ぼーんぼーんという時計の音が鳴り響いた。
レトロだ・・・が、鶴屋さんはその音で正気に戻ったようである。
結果オーライだな。
「もう大分遅くなっちゃったにょろね!
送らせるから、待ってるにょろ!?」
時計を確認した鶴屋さんがそんな事を言ってくれるが・・・、
俺はピンと来てしまった。
もしかして、俺が襲われたから、ほとぼりが冷めるのを待ってたんですか?
きっと、この突然のファッションショーはそういう訳なんだろう。
俺の言葉に鶴屋さんは、
「一体全体、何のことにょろ?」
などと誤魔化そうとしているが、ま、正解らしい。
だが、ここは鶴屋さんが何も聞いてこないことに感謝して、全部黙っておくことにします。
アレが一体何なのかを含め、と言うか俺も知らんしな。
「でも、お礼は言わせて下さい。
助けて下さって、ありがとうございます」
俺は今まで言い出せなかった、誘拐未遂らしき事柄についてお礼を言う。
「ん?
あー、気にしなくてもいいっさ!
腕はあっちの方が上みたいだったから、正直かっなりやばかったさ!
勝手に逃げてくれただけだし、全然、私のお陰じゃないさっ!」
驚いた、てっきり鶴屋さんの方が優勢に見えたんですが?
「まーそうかもしれないけどねっ!
それでもこっちの攻撃はあんまり効いてなかったみたいだしっ!
そのくせ、私は一発でも喰らえばアウトだったからねっ!」
その言葉を聞いてギョッとする。
結構なムリをさせてしまったんだろうか?
「まぁ、10分ぐらいは凌げただろうし、
向こうもそれが分かったから逃げたんだろうさっ!!」
続く言葉を聞いて少しだけホッとする。
だから、改めてお礼を言いたいと思う。
「いえ、鶴屋さんのお陰で本当に助かりました。
なんと言っても、俺は何も出来ませんでしたから」
「ははっ、あれぐらいキョン君にも出来るにょろよ?」
「足が震えて、とてもムリでしたよ・・・」
肩を竦めて、正直に告白する。
「はっはっは、実は私も腕ガクガクいってたにょろよ!」
そう軽く言ってのける鶴屋さんだが、そんな様子は・・・?
あ、と思い当たる。
そういえば、あの男が逃げた後、腕をプラプラさせていたような。
それがそうなのかは分からないが、
どちらにしろ、鶴屋さんに全て任せきりだったのが、今更ながらに情けなくなってきた。
だから、俺は3度目となるお礼の言葉を述べた。
「ふぅ、そういうことなら余計にお礼させてください。
何でも言ってください」
「そこまで言うなら貰っとくさっ!」
・・・三顧の礼ですか?
と思いながらも、この上級生が求めるものが想像もつかない。
だからか、
「でも、俺に出来る範囲にしてください」
という言葉が出てきてしまう時点で、ま、俺という人間の器が知れるというものだ。
鶴屋さんはそんな俺に苦笑を浮かべながら、
「大丈夫にょろ!
ちなみにキョン君はファーストキスって済ませたにょろ?」
突然の話の切り替えに頭がついてこない。
が、お礼に関係することかもしれず、適当言うつもりもない。
去年の春先のハルヒが憂鬱だった頃のアレは・・・ノーカウントか?
であれば・・・。
しかし?
なんとも難しい現実に直面してしまい、思わず腕を組んで考え込む。
一体アレは夢なのかどうか・・・
その時。
俺の唇が鶴屋さんの唇によって塞がれた。
ほんの一瞬の出来事だった。
俺が正気に戻るよりも早く、
「お礼としてキョン君のセカンドキスの予約を頂いたにょろっ!!」
という言葉が飛び込んできた。
い・・・きなり何をするんですか?
と言おうとしたが、『い』で俺の発言は止まっていた。
何故かって?
それは、後ろを向いてしまった鶴屋さんの耳が、
真っ赤に染まっているのが見えたからだ。
それから、ほんの1分も経たない内に鶴屋さんは俺の方へ向き直った。
その顔は、いつもと同じように笑顔を浮かべていて、変なところはない。
「さっきの様子じゃあ、ファーストキスは済ましたかもしれないけど、
セカンドキスはまだのようだったにょろ!?
だから、お礼にキョン君のセカンドキスさっ!!
でも・・・」
またくるりと回転。
表情はいつもと同じ笑顔。
「もしも、キョン君がファーストキスを済ましてないならさっ!
セカンドキスの予約と言うことでヨロシクにょろっ!!」
俺は初め、鶴屋さんが何を言っているのか理解できなかった。
つまり、
セカンドキスなら、セカンドキスで。
ファーストキスなら、セカンドキスの予約?
それで・・・先ほどの鶴屋さんは『セカンドキスの予約』を頂いたと。
ああ、なるほど。
「ええ、予約にしておきますよ」
俺の言葉を聞いた鶴屋さんは嬉しそうな、
いつもより200%増しの笑顔が輝いていた。
「じゃあ、送っていくにょろ!」
彼女は俺の手をしっかりと握り、玄関に向かって走り出した――。
(終わり)