ハルヒが爆笑するどころか怒りのあまりステージに乱入することになった、タイトルに偽りだらけだったコントの日々から遡ること数週間前。
その頃は、来たばっかりの涼子とウチの妹の仲があまりよろしくなく、2人の口げんかをよく耳にしていた。

涼子が言うには、肉体に精神が引きずられて云々、らしいが。
どう贔屓目に見ても素でケンカしているだけにしか見えん。
ま、アレで実は気を使いたがりで、委員長気質な涼子だからな。
俺や長門と話すときなんかは、元のサイズの自分を意識して気を張りすぎているのかもしれん。
その溜まりきった熱量を下げる、なんだ、パソコンのファンみたいなモンなんだろうと思う。
・・・スマン、忘れてくれ。
ともかく、妹と年相応にぎゃーぎゃーと叫び合うことがストレス解消になっているんだろう。

取りあえず、涼子もある程度の分別を持っているのは明確だ。
・・・俺のときみたく、ナイフで脅したりはしないしな。
本人曰く、そこまでやるのは俺専用らしい。
是非とも、そこからもう一歩進んで、俺を脅しつけるのもやめてほしいものなんだがな。
まぁ、これはそんな頃の話で、とある出来事をきっかけに2人の仲が良くなったんじゃないか、と俺は思ってるという訳だ。


涼宮ハルヒの憂鬱SS 涼子ちゃんWiI


その日もいつもの様に、俺がSOS団の活動とも言えないような活動を終えて我が家に帰ってくると、妹と涼子の恒例行事が行われていたらしい。
俺の部屋に入ると、涙目で手をぶんぶん振り回してムーッとした表情の妹と、にやりとした笑みを浮かべてふんぞり返ってる涼子が居たからな。
・・・というか、何故俺の部屋に我が物顔で居座っているんだ、こいつらは。
「だから言ってるでしょ。
サンタなんて居ないのよ。」
「いるもんっ!」
スマン。
30行ほど遡って訂正させてくれ。
涼子は完全に子供になってしまったようだな。
さらば、朝倉、ふぉーえばー?
谷口をして、AAランクプラスと認定されたクラスの人気者な朝倉は、俺の心の裡だけにそっとしまっておくぜ。

「さっきから、ぶつぶつ五月蝿いっ、キョン!」
「あーーっ!!
キョンって言ったーーーっ!?」
涼子の意識がこちらに向いてヤバイ?と思ったのも束の間で、妹が涼子に食って掛かったのを尻目にこそこそと居間へと逃げ込んだ。


おや、母親が居な・・・って、何だこの書置きは。
なになに、今日は父親と出かけるから夕飯は涼子に作ってもらって、だと?
涼子がご飯作れるのを知ってから、頻繁に家を空けるようになったな・・・全く、ウチの親たちは。
涼子のご飯は確かに美味しいんだがな。
どういうわけか、カレーとかおでんとか大量に作る系しか作らんのが難点といえるかも知れん。
まぁ、たまにだから問題ないっちゃないんだが・・・。
このまま両親の外出が増え続けると、我が家のカレー曜日が異様に増えそうな気がしてな。

俺がふぅ、と軽いため息を吐いたとき、書置きの横に無造作に置かれていた、最近ではとんと見かけなくなった茶封筒ががさり、と音を立てた。
これは夕飯代か?
俺が何気なく手に取ってみると、普通に切手とあて先が書いてあって、郵便だと言うことが分かる。
受取人は・・・『朝倉涼子』だと?

俺と同じ年の頃の以前ならともかく、今のあいつじゃ、ラブレターなんて貰うわけも・・・。
っていうか、そもそもラブレターをこんな色気ない封筒に入れるわけがないか。

・・・いや、長門に一目ぼれしたどっかのラグビーだかアメフトだかの元クラスメイトの例があったな。
アレみたいに古泉もどきのどっかの誰かが、涼子の背後にいるものに対して、恐れおののいた可能性もあるわけだ。

ま、裏を見ればすぐ分かるだろ?
ぴらり、と封筒をひっくり返すと、そこに書いてあった差出人の名前は・・・。
『お父さん』
とだけ書かれていた。

・・・どういうことだ?
つまり相手は涼子の父親ということに・・・って、そんなバカな。
いや、待て。
もしかしたら設定上の演出ってやつかもしれん。
今、涼子の位置づけは親戚の子を預かっているというものだからな。
定期的に、家族から手紙が届いても不思議じゃない・・・いや、来ないほうが不自然かも知れん。
ま、どちらにせよ、中を開ければ分かることだ。
さっさと開けることにしようぜ?


さて、俺の部屋だ。
どうする?
って、決まってるんだがな。
まぁ、ドアを開けるまでも無く、まだ騒がしい声が漏れてるしな。
・・・今日は一体、何が原因だ?

ドアを開けて、再び部屋に入ると、今度は妹がこちらに顔を向けてきた。
「あーっ!?キョン君っ!!
あのねーーっ?
涼子ちゃんがサンタはいないって嘘吐くんだよーーっ!?」
「だからっ、全世界の子供にプレゼント配る爺さんなんているわけないじゃないっ!」
・・・頭痛い。
妹の純真さを喜ぶべきなのか、憂うべきなのか判断に苦しむところだな。
まぁ、サンタの有無はともかくとしてだ。

「ともかくじゃないもんーーっ!?」
「じゃあ、全国の子供分のプレゼント代はどこから出てるのよ?」
涼子はフフン、とでも擬音がつきそうな不適な表情だ。
どうでもいいが、涼子よ、お前はそれで満足なのか?
・・・国が払うんだよ。
「じゃあさ。
煙突も無いのに、どうやって家入るの?」
・・・すごい鍵開けテクを持ってるんだよ。
サンタ舐めんな?
「どうやって一晩で世界中回るのよ?」
・・・速いんだよ。
マッハ100ぐらいだ。
「そんな人間いるわけないでしょ・・・。」
・・・サンタは人間じゃないんだよ。
未だ出てくる気配のない、異世界人辺りが正体じゃないかと俺は睨んでるぜ。

「ほらーーっ?
やっぱり居るじゃーーんっ!!」
妹は俺の言葉を完全に信じ込んだのか、得意満面だ。
涼子は『どうすんのよ、コレ?』とでも言いたげな表情だな。
・・・コレだけ貴重だと保護したくなるんだよ、悪いか?
視線だけで涼子に返事を返したら、あかんべーをされたしな。
これはきっと、ハルヒの影響だろうぜ。

ま、まぁ、改めてサンタの有無はともかくだな。
こんなものが届いていたんだが、心当たりはないか?
「うーん、無いと思うけど・・・。
ちょっと見せてもらってもいい?」
封筒をじっと見つめる涼子の横顔はどこも変わった様子は・・・

「さ、最優先コード!?」
ぺら、と封筒をひっくり返した涼子の表情が一変する。
・・・なんだ?
それから、涼子は手紙を取り出し、それを読み始めた。
しばらくの間、紙がこすれる、がさがさという音が場を支配する。
妹でさえ、珍しくも雰囲気を感じ取ったのか、静かだしな。

「情報統合思念体の急進派・・・私の操り主が・・・来るって・・・。」
ギギギと音が鳴りそうなぐらいユカイな動きで手紙から顔を引き剥がした涼子が、呆然とした様子でつぶやいた。
・・・はぁ!?
おいおい、随分唐突にラスボスクラスが出てくるんだな?
「もぉ、茶化さないでよ。
で、4時に来るって言うんだけど・・・?」
時計を見ると、もう4時1分前ですよ、涼子ちゃん?
ま、こんな事考えてると大概・・・
ピンポーン
・・・ほらな。


というか、情報統合思念体とやらのくせに、チャイム鳴らすなんてえらく常識派だな。
あっさりと殺そうとするんじゃないかってこちらは冷や冷やモンだってのによ。
「何時までも根に持ってるわね・・・。」
玄関に向かいながらも、逃げ出したくなる気持ちを誤魔化すかのように茶々を入れる。
涼子も俺の不安を分かっているのだろう。
普段なら、飛んでくるナイフも飛んでこず、苦笑で受け流している。
そして、後ろからキョトンとした顔で妹が付いて・・・って。
おいおい。
いい子だから、お部屋で待ってなさい?
「やーーっ!」
くそ、お気楽な顔しおってからに。
「大丈夫よ、いきなり何かするってことはないわよ、・・・きっと。」
その『きっと』が不安を煽るんだがな。

ぴんぽーん。
もう一度チャイムが鳴ったときには、玄関までたどり着いていた。
さて・・・。
ごくり、と唾を飲む。
鬼が出るか、蛇が出るか・・・。
ええいっ、何とでもなれっ!?
ドアを開けると、大量の光がこちら側に溢れてくる。
くそっ、眩しくて何も見えんっ!
だが、目の前に何かが居るのくらいはシルエットで分かる。

いきなり空間がみょんみょんと、揺らいだかのように感じた。
目の前のコレに、涼子のお父さんは、こんな格好をしているはずだというイメージが頭から吸われていくような・・・。
「あーーーっ、サンタさんだーーーっ!!!」
あんまりにもアレ過ぎる妹の発言にがくりっ、と来たと思ったら涼子の父のイメージは霧散していた。
そして、光がその勢いを一気に無くし、そこに立っていたのは・・・。

「めりー。」
・・・一体アレは何だ?
りょ、涼子、アレは一体!?
涼子のほうを振り返ってみると、頭から地面に突っ伏してぴくぴくと痙攣してやがる。
・・・涼子は稀にギャク漫画のようなリアクションを取るな。
まぁ、しかしアレが涼子にとっても予想外ということは良く分かったが。

「わー、サンタさん、サンタさんだーっ!」
目をきらきらと輝かしている妹が、おそらくは、涼子のお父さんと思われるものの周りをぐるぐると走りまわっている。
「ねー、あなたはサンタさんー?」
「そうだよー、お金は国が出してくれる。」
ブッ、と吹き出しそうになる。
「すごーい!」
妹は素直すぎる反応だ。
「マッハ100で飛ぶし。」
「すごい、すごぉーい!!」

な、何なんだホントに・・・。
ちなみに、アレの姿形について少しだけ言及するぞ。
全長は160cmくらいで、なんか赤い。
妹と喋りながら、ぶるぶると体色が変化するのが何とも言えない気分にさせる。
そして、外見だが・・・、まぁなんていうか、できそこないのぬいぐるみみたいだな。
ずんぐりむっくりした身体に間接のなさそうな手足が付いていて、頭と胴体の境目すらよく分からん。
頭の先には2本の耳らしき突起物がついているし、目はぎょっとするほど大きいがどこか虚ろだしな。
・・・まぁ、簡単に言うと、これを参考にしてほしい。
右側にいるのが、今俺の目の前にいる奴と同一体だ。

「じょ、情報思念体は炭素系有機生命化合物に対して、特有の外部情報として認識させることが出来ないのよ。」
ふらふらと俺の隣にやってきた涼子がわざわざ種明かしをしてくれるみたいだ。
「わ、私もアレと同じものだと思われるのは心外だから・・・。」
−確かにな。
同じものだと思ったら、今日から涼子の顔を見るたびに吹き出してしまいそうだ。
「失礼ね。」
ぷぅっと頬を膨らませて怒りを示してから、涼子は両手の指を胸の前で絡ませて、こちらを下から覗き込むポーズを取る。
涼子お得意の説明ポーズだ。
結構形から入りたがるんだよな、涼子は。

「認識させることが出来ないから、相手に対して自分のイメージを組み込ませる必要があるのよ。
で、今回は『私のお父さん』という印象をキョン兄に植え付けた上に、そのイメージを引き出して、『お父さん』という存在に固定化しようとしたみたい。」
よー分からんが、元のままでは理解できないから、理解できるものに置き換えるってことか?

「そんなところよ。
・・・で、その途中であの子が乱入して来ちゃったから、サンタのイメージが上書きされてしまったのよ。」
アレがサンタか?
どう贔屓目で見ても不気味なぬいぐるみだぞ。
「貴方の妹のイメージなんだから。
キョン兄に分からないなら、私が分かる訳ないじゃない・・・。」

でだ、妙に存在感溢れるお父さんが妹と戯れてるわけだが・・・。
おい、なんか『ハッハッハッ』とか笑ってるぞ。
「・・・言わないで。
アレが私のお父さんなんて、タチの悪い冗談にも程があるわよ。」
そう言って、ハァ、とため息を吐く涼子。

まぁ、タチの悪さは娘とよい勝負だ・・・っ!?
ガスッ!!
と俺の横の壁へと突き刺さるサバイバルナイフ。
「キョン兄は学習って言葉、知ってる?」
・・・これはパブロフの犬的な反射って奴を覚える方が早いと思うぞ?
あと、家の壁を穴だらけにするつもりか?
「・・・そう?
じゃあ、次からは最初から当てるようにするわよ。」
ま、待てっ!?
親子ともども、とてもご立派で羨ましい限りだぞ?

「・・・ふぅ、まぁいいわよ。
って、そこの妹っ!!
なんでヒトのお父さんの頭の上に乗っかろうとしてんのよっ!?」
そう言って、お父さんの方へ向かっていった涼子を見る限り、一応親子の情って奴は有るのかもしれんな。
・・・妹は結局、アレを何だと認識しているのかは分からず仕舞いだが。


本来であれば、このままお引取り願いたい相手ではあるものの、それは出来んだろうし。
それに何時までも立ち話している訳にもいかんからな。
俺の部屋までお父さんを案内することにした。
部屋に着くなり、妹が俺に向けて赤い何かを差し出してきた。
・・・ってこれは?
「キョンくーんっ!
サンタさんにトマト貰ったーーーっ!!」
なぜ、トマト?
俺のそんなごく当たり前の疑問を妹は特に持たなかったようだ。
「今日の夕ご飯に食べよーねー。」
と受け入れているしな。
ちなみに、部屋の窓側で涼子も山のようなトマトを貰ってる。
お父さんがどこから出したか、なんてのは怖くて聞けないからそのつもりでいてくれ。

「ところでキミ、悩みはないかい?」
いつの間にか目の前まで来ていたお父さんが、こちらに手を伸ばしながら尋ねてきた。
・・・あんたの存在が悩みだ、とは言えない小心者な俺を許してほしい。
え、えっと・・・。
テストの成績とか学業にちょっと問題があるんですけど・・・。

・・
・・・
おい、何だ、この沈黙は・・・。

「他に悩みはないかい?」
スルーかよっ!!?
ま、まぁいい、次だな・・・。
あの・・・なぜか次から次へとトラブルが舞い込むんですが・・・。

・・
・・・
・・・・
・・・・・
おい、お父さんの色が真っ黒に変色してるぞ?
「他に悩みはないかい?」
聞くだけかよっ!!!?

嫌な沈黙で静まり返った部屋に、軽快なメロディが鳴り響いた。
天の助けかっ!?
俺は目の前のお父さんに断りをいれてから、携帯を取り出した。
誰だ・・・って古泉か。
まぁ、感謝はしておいてやるかな。

俺が通話ボタンを押すとほぼ同時に、古泉の焦った感じの声が聞こえた。
「もしもし、もしもし!」
五月蝿いぞ、全く。
まぁ、感謝の気持ちで許してやる。
で、一体何のようだ?
「ああ、良かったです。
無事だったんですね?」

この慌てぶりは小泉らしくもないな。
無事っていうのはどうことだ?
「いえ、先ほど貴方の家から強力な情報爆発が観測されまして・・・。
涼宮さんや長門さんが以前起こしたものよりも、強力な現象でした。」
・・・ああ、あのお父さん=サンタ化した奴だろうな。

「あの長門さんがその力を感じた直後に、僕と朝比奈さんにそれを観測したかどうか確認を入れてきたぐらいですから。
どうやら、直接貴方と連絡を取ろうとして、もし連絡が取れなかったら・・・。
そんな考えが、彼女の冷静な思考を奪ったのかもしれません。
そのぐらい途方も無い力だったわけですね。」
まぁ、アレに対しては長門が勝てる訳がないだろうからな。
当然と言えば当然かもしれん。

「組織はその対象を狙撃するという決定を下しました。
現在、そちらの家を強襲チームが取り囲みつつあります。
申し訳ないのですが、対象を・・・え?
発砲許可が出たですって!?
待ってくださいっ!
下手に刺激を・・・」
不穏当すぎる発言に思わずぎょっとする。

−お父さんっ!!
俺の叫びとほぼ同一のタイミングで、開いたままだった窓の隙間を抜けていったらしき銃弾がお父さんの手前の空間で停止していた。
よく考えてみると長門にもどうしようもない奴が、古泉の組織ごときにどうこう出来るわけもないか・・・。
「大丈夫だ。
跳ね返す。」

お父さんのその言葉にぎょっとして、古泉に向かって電話口から叫ぶ。
−早く狙撃主とやらを下げさせろっ!!
電話口の向こうで、
「森さん、避難してくださいっ!!」
とか聞こえた気がするが、聞こえないフリだ。
・・・しかし、あの人は一体いくつスキル持っているんだろうな。
いや、知らん振りだ!

そんな葛藤を繰り返す俺にお父さんは何処吹く風だ。
「心配しなくても、当てたりはしていない。
無論、相手がネコ舌だったら、その舌を引っこ抜いてやったが。」
そんな事は聞いてないが、森さんがネコ舌でなかった幸運を喜ぶのみだな。
−というわけだ、古泉。
スマンが下手に手を出すと逆効果だしな。
手を引かせてくれ。
「簡単に言いますね・・・。
ふぅ、分かりましたよ。
僕と貴方の信頼関係に掛けて、ご期待に応えましょう。」
お、おいっ!
誤解を招くような表現をっ!?
・・・ってもう切れてるしな。


まぁ、不幸中の幸いと言おうか、妹と涼子は再び喧嘩中。
こっちの騒ぎに全然気づかなかったのは助かった・・・のか?
といか、俺は2回ほど叫んでいたんだが・・・どれだけヒートアップしてんだ、この2人は。
あー、もうやめなさいっ!
さすがに五月蝿くなって止めに入る。
2人とも手を出したりはしないから、普段はそれでも気にしないんだがな。
今日はいい加減、疲れてるんでな。

「だってぇ、キョン君っ!
ううー、涼子ちゃんがー!?」
「貴女が変なことばっかり言うからじゃない?
そっちが悪いのよー!?」
ああ、もう五月蝿いぞ。
そんなことを考えて、辟易としていると、お父さんが2人の間に入っていった。
そのまま、じっと涼子の瞳を見つめるお父さん。

「しかし、涼子はとても良い友達に恵まれたものだ。」
「何がよ?」
さっきまでの雰囲気とはがらりと変わって、真面目に語り始めたお父さんに思わずぎょっとしてしまう。
涼子も口では強がっているみたいだが、内心かなり驚いているな、アレは。

そこで、お父さんは妹の方へ向き直って妹の頭をゆっくりと撫でる。
「何しろ、この娘はキミを何も特別に感じていない。
これは、とても幸運なことだ。」
その言葉が何を意味しているのかは知らんが、涼子にとっては思い当たる節があったらしい。
ハッとした顔をした後、ちょっとだけ気まずそうに、
「・・・そうね。
確かに、そうなのかもしれない。」
呟いて、くったくなく笑った。
その笑顔は長門に対する同類への好意とは違ったもので・・・。
正直、少しだけ見惚れちまったのは内緒だ。

「なにがーっ?」
そして、妹よ。
お前は少しぐらい場の雰囲気を察する努力をしてくれ。
「・・・ごめんなさいってことよ。」
「んー?良く分からないけど、涼子ちゃんが『キョン君』じゃなくって、『キョン兄』って呼ぶなら許してあげるー。」
どんな条件だよ?

「え、前からそう呼んでたわよ?」
「じゃあ許してあげるーっ!」
「ふふっ、ありがと。」
・・・涼子よ。
妹がトンチの効いたことを言って、水に流してくれたように感じたならそれは間違いだぞ。
ウチの妹は・・・不幸なことに、本気と書いてマジな顔をしているからな。

まぁ、それはきっと些細なことで。
「ね、夕ご飯の準備、手伝ってくれない、・・・っ?」
「うんっ!!」
涼子が初めてウチの妹を名前で呼んだのを聞いたからな。
少しは仲良くなれるんなら、問題無いさ。
・・・そちらには妹の名前が聞き取れなかったか?
スマンが、それは仕様だ。
諦めてくれ。

・・・良く考えたら、お父さんと2人きりじゃないか?
まともに答えてくれるかは知らんが、ちょっと聞いてみるか。
・・・さっきの幸運云々っていうのは何のことなんですか?
「涼子は、主流派の意向で意味無くとも注目され、特別視される存在として構成されている。
が、キミの妹は涼子を特別視していない。
これは涼子にとって、等身大の自分とぶつかり合ってしまう相手だ。
普通の少女なら、疎ましく思うかもしれないが、特別視が基本設定である涼子にとって、彼女は全く得がたい存在なのだよ。」
・・・つまり、涼子にとってケンカ友達を作るのが非常に難しいから、唯一かもしれない妹を無下にするなってことですか?
「表向きの理由はそうだ。」
は?表向き?ってことは、裏があったんですか?
「最初の発言が全てだよ。
彼女はあの子のとても良い友達だから、それに出会えた幸運を大切にしてほしい。」
そう言うお父さんは、相変わらず目は虚ろで、奇妙なぬいぐるみにしか見えなかったが、確かに『お父さん』だと思えたな。


さて、その後は、そこより前のお父さんに戻ってしまったからな。
場を繋ぐのに一杯一杯で、とりわけ何も語るようなことは無かった。
そして、夕食の時間だ。
今日の献立は・・・やっぱりカレーか。
それにサラダ。
お父さんが持ってきた大量のトマトがごろごろとはいっているな。
それを見たお父さんが目を見開いているぞ。
・・・というか、ほとんど表情変わってないのに分かってしまうのがな。
長門の表情当てテクニックが、こんなとこで役立つのはなんだか悲しいものがあるぞ?
「赤いのもはいっているが。」
俺はコメントを求められているのか?
「遠慮しないで下さい。」
は、はぁ、分かりました・・・。

「「「「いただきまーす」」」」
4人が同時に声を揃えて挨拶をした後、
「涼子、トマトも食べろよ?」
というお父さんの台詞にちょっとだけ引きながらも、
「う、うん、トマト好きだし。」
と答える涼子は健気だ。
「好きとか嫌いとかはいい。
・・・トマトを食べるんだ。」
そう言われている涼子の背中は少し寂しげに感じるぜ。

「どうだ、旨いのか?
トマトが、うまいのか?」
それでも、んぐんぐ言いながら食べる涼子に感想を求めているし、やっぱり自分の持ってきたものだし、気になるのか?
「う、うん、おいしいよ?」
「・・・こんなに赤いのに・・・涼子は美味しいと言う・・・。」
・・・気にしたら、負けだな。


そんなこんなで、妙に疲れた夕食も終わり、お父さんは帰る時間が来たらしい。
お父さんはさっさと玄関まで来ると、そのまま扉を開けて出てしまう。
突然のハイペースに俺と涼子、妹までもがぽかーんとしながらも、見送りに玄関から外へ出てみると、お父さんの姿は既に消えていた。
・・・で、結局何しに来たんだ?
「さ、さぁ?」
涼子の声もどこか掠れて聞こえるぜ・・・。

「まぁ、いいわよ・・・。
家に入りましょ。
お皿洗わないと。」
「うんっ!!」
そう言って2人でばたばたと家に入っていく、仲良さ気な2人が見れただけでも良しとするべきなのかね?

そんなことを思いながら、何気なく家とは反対方向へ顔を向ける。
「はろー、はうどぅゆーどぅー」
・・・失敗したな。
見なかったことにしても良いか?
「それは困るな。」
ま、おそらくこんな事になる予感はしてたんだ。
真面目モードなのがまだ幸いだしな。
夜は冷えるんで手短に頼みたいがいいか?
お父さんは、コクリと首のない頭で頷いてくれた。

「キミに少しだけ昔話をしてあげようと思ってね。」
なんだと?
「あるところに、2人の姉妹が居た。
姉妹とはいえ、互いに親が異なる姉妹だった。
妹はある人物を監視する役目を持ち、姉は妹のサポートをしていた。
あるとき、姉は妹の役目を果たしやすくするための方法を考えた。
それは、自分が悪役となって、妹と監視対象をより強く結び付けられないか、ということだった。
そして、目論見は成功し、妹と監視対象は強い絆で結ばれることになった。」
おい、それはあの春の出来事の話か?
さすがに襲われた本人としては、そこまで涼子の行動を好意的に見ることは出来ないぜ?

「確かに。
ではこう言おう。
最終的に涼宮ハルヒを最も観察しやすい状況を作るために、最も効率的な方法を最善のタイミングで取ってくれた。
長門有希君に殺されることを覚悟の上でね。
何しろ、あのタイミングでないと、その後発生すると予測されていた閉鎖空間からの脱出確率が2%を切っていた。
そうでなければ、決してキミを学校内で襲ったりはしないさ。
長門有希君も、学外のキミの行動には関与していなかったからね。」
おい、ソレって!

ふと瞬きをしてしまった、その後にはシャミセンが居るだけだった。
・・・おいおい、あのナリで猫だったのか・・・。
くそ、なんだか上手く丸め込まれてそうな気がしてしょうがないぜ。
ま、心の奥底ぐらいにはとどめておいてやる。
・・・それでいいんだろ?

そして、俺は寒さで縮こまって動こうとしないシャミセンを担ぎ上げる。
家に入ろうとした瞬間、
「あーーーっ!
また、『キョン』って言ったーーーっ!!
ソレ、禁止って言ったのにーーーーっ!!!」
「何ソレ!?
全く使っちゃいけないって言うの!!?
横暴よーーーーっ!!!」
・・・やれやれ。
仲良しは一朝一夕ではいかないものだと、改めて悟ったね。
(終わり)