ローゼンメイデンSS 僕の考えたトロイメント最終話。


その日、穏やかな陽だまりの日々は終わりを迎え、アリスゲームはクライマックスを迎えていた。
『お父さま』の箱庭では5体のドールたちが互いに戦闘を、いや、一部では一方的な搾取が始まろうとしていた。
その一部である、金糸雀に襲い掛かる薔薇水晶というカードへと、真紅と翠星石が目を取られる。
すかさず打ち込まれた水銀燈の黒羽が襲い掛かり、膠着状態が続く。
「真紅っ!翠星石っ!!
くそっ、おい!ローゼン!!やめさせろっ!!
お前がやりたかったのはこんなふざけたことなのかよっ!!」
そんな光景を眼下に、特等席とでも言える『お父さま』の城で、2人のミーディアムであるジュンが仕掛け人達を前に喚きたてている。
本当ならば、殴ってでも止める腹づもりだったが、ぎらついた視線でこちらをねめつけるラプラスの魔がいる以上、何も出来ず、歯痒い想いを強いられていた。

「おやおや、媒介の坊やは、私たちの方がドールたちのゲームより気になるのかい?
ほぉら、クライマックスを迎えたゲームはとても展開が速い。
目を逸らしてると、見逃してしまうよ?」
ラプラスの胡散臭い声に慌てて目線を下ろす。
戦う力が、他の4人と比べて圧倒的に弱い金糸雀を、翠星石が庇ったのだろう。
植物の蔦で四肢を拘束された薔薇水晶に、天へと伸びる長大な植物の茎。
「第2ドールは逃げ、第3ドールがそれを助ける。
展開としては3流ですが、こういうお約束があったほうが舞台は盛り上がるとは、思えませんか?」

そう言って、くっくっくっ、と哂うウサギ。
攻守はあっさりと逆転したのだろう。
蔦を断ち切った薔薇水晶が2人を追い、翠星石が空から転落してくる。
「すっ、翠星石っ!!
こんなところで傍観者になっていられるかっ!!
僕に出来ること・・・、僕に出来ることはっ!?
・・・そうかっ!!
くそっ、お前たちに構っている暇なんてなかったんじゃないかっ!!
僕までお前たちの土俵で戦う必要なんてないんだよっ!」
そう叫んだジュンが慌てて箱庭まで降りてくると、そこでは、今まさに、薔薇水晶が金糸雀に止めを刺さんと、その手を振り上げ−
視界にその間に割って入らんとする翠星石が見えた。

(あの性悪人形はっ!!どうしてこういう時だけっ!!
自分が生き残ることを考えろよっ!!!!)

咄嗟に間に入った翠星石のさらに前に、薔薇水晶に立ち向かう、ジュンが居た。
薔薇水晶の攻撃は、ジュンに阻まれて、翠星石には届かなかった。
「・・・え?」
「ぐあっ!くそっ、普通に痛いっ!!
おいっ!!翠星石!!さっさとそいつ連れて逃げろ!!
ここは僕が食い止めるっ!!」

「な・・・何ふざけたこと言ってるですぅ!!
これはアリスゲームですっ!
私たちの戦いですぅ!!
ジュンは邪魔ですっ、どきやがるですぅ!!!」
「ふ、ふざけるなよっ!
僕はお前のマスターなんだぞっ!!
お前がさっきから無茶しまくってるせいで、すごく疲れてるんだからなっ!!
僕がこうした方がまだ疲れないよっ!!!」
「何アホ言ってるですかっ!!!
こらっ、薔薇水晶もやめるですっ!
これは私たちドールの戦いのはずですっ!!」

じりじりと後退してしまったのだろう。
ジュンの後ろ足に翠星石がこつんとぶつかる。
攻撃は勢いを増すばかりで、翠星石が逃げ出す余裕なんてない。
あたり一面は、既に紫がかった水晶で覆われていた。
「おいっ、性悪人形っ!!
お前がさっさと逃げないから、僕まで逃げられないじゃないかっ!!」
「な、何言ってるです・・・。薔薇水晶っ!!お願いですっ!!
ジュンはっ!!ジュンは関係ないはずですっ!!
止めてっ!とめてぇーーーー!!!」

天へと届かんと叫ぶ翠星石を、ふわりと暖かいものが包む。
ジュンが水晶の嵐の中、翠星石の方へと振り返って抱きしめてきたのだ。
「あ・・・、ジュ、ジュン・・・」
突然のことに翠星石は困惑するものの、何かの違和感に気づいてしまう。
「なにか、ぬるりとしたものが手に・・・。
赤い・・・ジュ、ジュン!!
血だらけですっ!!」
「大した怪我じゃない。
水晶は鋭いから血がたくさんでてるだけ・・・だから。」

翠星石は、初めて見た気がした。
この、いつだって斜に構えた少年の強さ。
水銀燈を真紅とともに退けたこの少年の、本当の力。
それは、とても望ましく、こんなにも自分を嬉しい気持ちにさしてくれるのか・・・。
見てしまったからには、失いたくなんてない。
気づいてしまったからには、絶対に。
自分の身だって、惜しくはない。
だから、叫んでいた。

「薔薇水晶っ!!私のローザミスティカがほしいなら、くれてやるですっ!!!
だから、だからっ!ジュンは助けてぇーーー!!!」

「ふふふ、翠星石?
遠慮はいらないわ。
せっかくだもの、一緒に壊してあげるわ・・・」
そう呟くと同時に、限界まで膨れ上がる、嵐の気配。
「ぐあっ、くそっ、くそっ!!」
ジュンも、限界なのだろう。
さっきまでの虚勢も張れずに痛ましい声をあげた。
ここまで痛覚を刺激されたのは、いつ以来だろう。
ジュンは、身体中の怪我から発せられる熱のせいで、
ぼんやりとしてきた頭で考えた。
確か・・・水銀燈が・・・それで・・・指輪が・・・。
指輪??
意識が覚醒された。
残された手段はもうそれしかない、だったら・・・。

「おいっ!指輪っ!!
僕の体力でも、命でも、何だってくれてやるっ!!!
だから、だからっ、翠星石を救ってくれーーーっ!!!」

その瞬間、どくん、と指輪が鼓動した。
同時に、翠星石の頭に、文字が浮かんだ。
それは今まで聞いたことすらなかった、新しい言葉。
でも、それはひどく当たり前のように、耳になじんだ。

「・・・追契約・・・?」

翠星石はいつの間にか自分の頭に回されていたジュンの左手を両手で抱え込み、
自分の顔の正面を契約の指輪に向け・・・。

−誓うなら、指輪にキスを−

キスを交わした。


「スイ、ドリームッ!!」
翠星石の如雨露からエネルギーの固まりが、辺り一面にマシンガンのように降り注ぐ。
圧倒的な攻撃力を誇る水晶をやすやすと蹴散らし、世界が紫から緑に置き換わる。
ジュンは痛みが感じなくなると同時に気が遠くなるのを感じた。
「ここで、僕が倒れちゃったら、ダメだ・・・」
なんとか、気力を振り絞ってぎりぎりで耐え忍ぶ。
おかげで、なんとか身体がぐらつくことも無く、傍目には平然としていたように見えただろう。
実際、いつの間にか隣で佇んでいた金糸雀も全く気づいた様子も無い。

如雨露から放たれた数多の矢が、薔薇水晶へと迫らんとした瞬間、霧散する。
「ここまでですぅ!
もう、薔薇水晶の攻撃は通用しません。
ここで素直に引き下がるなら、これ以上はやらねーですぅ!!」
目の前の薔薇水晶に言っているとは思えないほどの大きな声で、翠星石が叫ぶ。
「引き下がる?
お父様はアリスゲームを望んでいるの・・・。
翠星石はお父様に逆らうの?」
薔薇水晶の今回の騒動の発端となった台詞にも、翠星石は動じなかった。

「契約を交わした瞬間、一瞬お父様に繋がったですぅ。
・・・これがどういう意味か、分からないとは言わないですね、エンジュ?」
先ほどから、翠星石はこの目の前の人形のマスターに向けて話しかけていた。
もはや、このゲームに自分たちが参加する必要はないことが分かったからだ。
「エンジュ、これ以上は許さねーですぅ。
ですが、今すぐ帰るなら許してやるから、さっさと消えるですぅ!!」
ふい、と己のマスターの居る方角へ、顔を上げる薔薇水晶。
「分かりました、・・・お父様。」
そう呟いた瞬間、薔薇水晶は即座に撤退していく。

薔薇水晶の姿が消えた瞬間に、翠星石はジュンの傍まで駆け寄ってくる。
「ジュン、お疲れ様です。
もう休んで大丈夫ですぅ。」
その言葉を聴いた瞬間、ジュンの膝ががくり、と崩れ落ちる。
翠星石は自分よりもかなり大きな身体をなんとか支えながらも、安定したジュンの呼吸を聞いて、ほっと息を吐く。

「い、一体、全体、何だったのカシラー!?」
こちらも極度の緊張から解き放たれたのだろう、金糸雀がいつもの口調で喋りだす。
「今回のは全部茶番だったってことです。
あの男はエンジュという名で、お父様では無かったです。
そして、新しい妹の薔薇水晶は、やっぱり、私たちの妹なのですよ・・・。」
「翠星石・・・?
でも、だったら、倒してしまった方が良かったんじゃないカシラ?」
「それは無理です、ジュンはもう限界だったですぅ。
それに、やっぱり喧嘩はよくないですぅ。」
「このミーディアムが限界?
どうして、翠星石がそんな事分かったカシラ?」
「ジュンと心が繋がってるからですよ。
信じ合う心を繋ぎ、助けたいという気持ちが力となる、それが追契約みたいですぅ。
最も、一時的にしか意味がない契約みたいですが。」
「へー、全然、知らなかったカシラー?」
「私も知らなかったですよ?
でも、これもきっとアリスになるための1つの方向です。
アリスとは、決してアリスゲームに勝つことだけが全てではない、ということですぅ。」

一方、その頃、すっかり忘れ去られたフィールドの上空では。
「・・・で、私たちはどうすればいいのかしら?
水銀燈?」
「なんだか、馬鹿みたぁーい。
私としては、振られ真紅が見れたから満足なんだけど、くすくす。
残念ねぇー、真紅ぅ?」
「おだまりなさいっ!」
とか言う会話があったとか。


その後、かすかに契約が残っていたジュンと翠星石はと言うと。
その日、動かなくなってしまった雛苺の様子を見に、柏葉巴がジュンの家に訪れていた。
チャイムがなったドアをジュンが無造作に開ける。
その途端視界に入ってくる、涼しげなノースリーブを着た巴さに思わずドキッとしてしまう。
ジュンがその思春期の心を落ち着けようとした瞬間、
ぽかっ!
と衝撃が襲ってくる。

「いてっ!何するんだっ!
この性悪人形!!」
「・・・なにちびちびいちごの飼い主に反応してやがるですか・・・。
ちったー私にも反応するですぅ・・・」
ぼそぼそと翠星石が呟くが、ジュンには聞こえなかったようだ。
「何か言ったか?
・・・ま、どうせ僕の悪口なんだろ?」
「(むかっ)ちび人間がエロエロで困ると言ったですっ!
トゥモエ!
このちび人間、トゥモエのノースリーブ見て興奮してやがるですぅ。
危険なけだものですぅ。」
「な、何いってやがるっ!!
柏葉!
こいつの言ってることはデタラメだからな!?」
「あらあら、今日も仲良しさんねぇ。」
こうして、いつも通り平和な桜田家なのであった。