麻帆良学園から学生寮へと向かう道を、2人の少女が連れ立って歩いていた。
先ほどから、ずっと熱心に喋り続けているのは1人の少女。
簡単な相槌を打つもう1人の少女は、それでも楽しそうに耳を傾けている。
「なー、せっちゃん?
今度のお休み、どこか行かへん?
麻帆良の外に出るのもええなー、原宿とか渋谷も楽しそうやしなー。」
中等部の制服に身を包んだ、長い黒髪をさらりと靡かせた少女がくるりと向き直る。
おっとりとした雰囲気と人懐こく可愛らしい笑顔の少女は、近衛木乃香といった。
「麻帆良の外ですか・・・、お嬢様がそれをお望みでしたら。
この刹那、何処であろうと必ずやお嬢様をお守りいたしましょう。」
「もー、そういうんやなくて、せっちゃんも楽しまなあかんでー?」
「そうかもしれませんね・・・。」
静かな口調で答えた後、諌められたのに少しだけ嬉しそうな少女の名は、桜咲刹那という。
黒髪を無造作に縛っただけで華となる、凛とした雰囲気を持つ少女だ。
この一見、正反対な雰囲気を持つ2人はクラスメイトであり、また、幼馴染にして主従関係という、複雑な関係にある。
以前は、護衛としての任務に専念するあまり、幼馴染であることを切り捨てようとしていた刹那であったが、最近転機が訪れた。
それはつい先日の修学旅行のことだ。
西日本における魔法使いたちの総本山とでも言うべき組織の長の令嬢であり、莫大な魔力を有する木乃香が誘拐されるという事件があったのだ。
その事件は、彼女らの担任やクラスメイトたちの助けもあり無事解決されたのだが、その渦中にいた2人は以前の幼馴染という関係を取り戻したのだ。
むしろ、魔法という存在を木乃香が知ってからは、木乃香はより積極的に刹那と仲良くしようと、一緒に居るのがごく当たり前になった。
そして、刹那も素直にそれを喜べるようになった。
魔法を本格的に習い始めた木乃香は、いつか刹那の力になりたいと思うようになった。
そんな2人のお話。
魔法先生ネギま!SS
守られてるばかりはイヤ、ウチも守りたい!
「でな、行くんやったら、こー、ぱーって派手にな?」
「お嬢様っ!
お下がりくださいっ!!」
先ほどまでの柔らかな雰囲気を一変させて木乃香の前に出た刹那が、前方の茂みに鋭い視線を送る。
「どうかしたん、せっちゃん?」
疑問符を浮かべながらも、素直に下がる木乃香は刹那の言うことを完全に信用しているのだろう。
そのことに気づいた刹那は少しだけ笑みを浮かべるものの、直ぐに違和感を覚えた茂みを剣気で威圧する。
野生動物の類であれば、確実に逃げていくだろうほどの剣気を叩きつけられても何も茂みに反応はない。
・・・気のせいか?
刹那がそう感じた瞬間、茂みから何かが飛び出してくる。
彼女が気を抜く一瞬を狙ったその手腕はかなりのものだが・・・。
「はぁっ!!」
刹那はあっさりとその一撃をはじき返す。
気を抜いた、と思わせるところまでが彼女の誘いだったと、襲撃者が気づいたかどうか。
奇襲が失敗したのにも関わらず、敵がもう一撃を入れようと振りかぶった瞬間、
「神鳴流奥義!斬岩剣!!」
刹那の剣により魔物が両断される。
―だが。
2つに分断されながらも、その攻撃は止まらない。
少しだけ驚愕の表情を浮かべた刹那はその一撃を防ぎながらもくらい、後ろにはじき飛ばされる。
が、バランスの崩れきった攻撃では、彼女を倒すことなど出来るはずもない。
刹那はすぐさま立ち上がり顔を上げたものの、敵の姿は完全に消えていた。
少しの間、辺りに気を張っていた刹那が、ゆっくりと膝をつく。
「せ、せっちゃん!」
慌てて駆け寄ってくる木乃香の強張った表情を見て、刹那は胸が締め付けられそうになる。
−ああ、このちゃんごめんね、心配かけて。
そう心の中で思うものの、自らの立場と、何よりも気恥ずかしさとで、そんな言葉を返すことも出来ない。
かわりに、
「いえ、問題ありません。
お嬢様にお怪我がないようで何よりです。」
などと言うことしか出来ない。
そんな刹那を、木乃香は少しだけ寂しそうに見つめていたが、あることに気が付いた。
一撃を受けたとき、完全に無傷というわけにはいかなかったのだろう。
刹那の膝から血が出ていたのだ。
「せ、せっちゃん、血ぃ、出てるやん。
ウチ、手当てしたるから足出して?」
それに気づいた木乃香は、まるで自分が怪我をしたかのように慌てふためいた。
刹那は木乃香の方を見ることなく、虚空を向いたまま、咄嗟に答えた。
「いえ、大丈夫です。
少々不覚を取りましたが、お嬢様のお手を煩わせるほどではありません。」
彼女はただ、本当に大した事はないと思っただけだ。
だが、木乃香はそうは受け取れなかった。
刹那が自分のために頑張ってくれたのに、それに報いることが出来ない。
無力だって、言われているように感じた。
刹那も顔を上げていれば、木乃香の不安に気づけたはずだった。
だが、そのタイミングは失われてしまった。
部屋に帰ってからも、木乃香は考えていた。
−ウチもせっちゃん守りたい。
−でも、戦いじゃウチは邪魔になってまう。
−だったら、ウチはウチに出来ること、したげたい。
−せっちゃんが傷ついたら、・・・治してあげたい。
「はぁ、それで、私と一緒に魔法修行ですか?」
木乃香と刹那のクラスメイトである綾瀬夕映は、少々面食らいながらもそう言った。
「そうなんよ、ゆえ。
ハルナから最近ゆえが1人でこそこそなんかしとるって聞いてな。
きっと、魔法修行してるんやないかなーって。」
ああ、と納得した顔を浮かべた彼女のクラスメイトは、それでもバツの悪そうな顔をしていた。
「まぁ、その通りです・・・。
ですが、私も素人ですし、何のお役にも立てませんよ?」
木乃香はにっこりと微笑えんでこう言った。
「その方がいい気がせーへん?
まだ誰かに教わるっていうんやないけど、1人よりも2人で修行した方が楽しいやん。」
楽しい、という言葉に一瞬きょとんとした表情を浮かべた夕映だったが、すぐにその意味に気づいた。
木乃香は自分が少しでも苦しそうにしていたら、自分を助けようとしている刹那に申し訳ないと思ったのだろう。
「このかさん・・・、ええ、そうですね。
楽しいほうがいいです。
一緒に頑張りましょう。」
−でも、楽しんで修行したいと本気で言うなんて、さすがこのかさんですね。
夕映はそんなことを心の中で思いながらも、これからの練習がきっと楽しいものになるということは間違いないと確信していた。
2人が一緒に修行をするようになってから、1週間程立った。
「プラクテ ビギ・ナル アーデルスカット!」
木乃香が呪文を唱えながらくるくると杖を回すと、爪の先ほどの小さな火の玉がかすかに灯る。
「あー、ちっちゃいわー。
ゆえのようにいかんなー?」
そう言いながらも、小さな火の玉を杖の先に維持させている木乃香に、夕映は興味深く眼を向けていた。
「プラクテ ビギ・ナル アーデルスカット!」
続けて夕映が呪文を唱えると、杖の先にぼっと音を立てて、先ほどよりは大きめな火の塊が灯る。
が、次の瞬間には、火は掻き消えて何の痕跡も残らない。
「私の魔法は持続しないのが難点です。
火や風の魔法は互いに見習うべき点がありますね。
ですが・・・。」
夕映の台詞に被るように木乃香の新しい呪文が響く。
「プラクテ ビギ・ナル 汝が為にユピテル王の恩寵あれ 治癒!」
木乃香の足元に咲いていた、弱りきっていた花が緑色の光に包まれる。
そして、あっと言う間に瑞々しさを取り戻した。
「ほんの1週間でもう『治癒』をマスターしてしまうとは驚きですね。
これが血筋というものでしょうか・・・。」
ひどく感心してみせる夕映に、木乃香はえっへんと胸を張る。
「でも、これは相性なんやないかなー。
ほら、ネギ君は風の魔法よー使てるし。
エヴァちゃんは氷やしなー。」
「確かに、このかさんには『治癒』の魔法は似合ってる気がするです。
私の魔法は何なんでしょうね・・・。」
「ウチは分からへんけど、今度ネギ君にでも聞いてみたほうがええかもしれんなー。」
そうですね、と呟く夕映に木乃香はウキウキとしながら話を続ける。
「でも、これでウチもせっちゃんのこと助けられるわー?
せっちゃん、ウチを守ってくれとるとき、自分のこと気ぃ使ってくれへんもん。
傷が治せるなんて、とってもいい事やー。」
「このかさんの力の源はそこに有るんですね。
ええ、『治癒』を使いこなせることにも、納得です。」
夕映の言葉に眼をぱちくりとさせる木乃香。
「ほうかー?
そういえば、ゆえはどうしてそんなに頑張るん?」
「わ、私は・・・、魔法という非日常に憧れて、その舞台に上がりたいと思ったので。
いえ、決して、ネギ先生の隣に立ちたいとか、パートナーとして支えられる存在になりたいとか思っているわけではなく・・・。」
「ゆえは好奇心旺盛やからなー。」
「は、はぁ・・・、そう取ってもらって間違いないです。
ええ、もちろんです。」
夕映がほっと息を付こうとした瞬間に、木乃香の無意識の追撃が襲い掛かってきた。
「でも、ネギ君も幸せ者やなー。
こんなに頑張って手助けしてくれるゆえが居るんやもん。」
「な、何を言ってるのですかっ!
べ、別にネギ先生のためではなく、これはあくまでも私個人の興味として、いえ、もちろん、結果的にネギ先生のために何か出来れば、それはとても嬉しいですし、それで、先生が少しでも私を・・・って何言ってるですかっ!?
わ、私たちを頼ってくれれば、ということですっ!!」
「そやなー、ネギ君もせっちゃんと同じで1人で全部やってまうところあるからなー。
私たちで支えたげないかんなー?」
「え、ええ・・・。
このかさん、あなたのそのマイペースぶりは、時としてひどい凶器にもなりうるのですね・・・。」
ひどくげんなりした夕映は、木乃香に聞こえないぐらいの声でそうつぶやいたのだった。
刹那は、ここ2週間ほどの木乃香の動きにひどくヤキモキさせられていた。
最初の1週間はクラスメイトの1人と、こそこそと隠れて何かやっていた。
それは別にいい。
刹那の心の安定のためには良いことではないが。
だからといって、木乃香がわざわざ隠れてやろうとしていることまで、暴こうという強行策には出ることは出来ない。
まぁ、そのクラスメイトが木乃香と仲が良い図書館探検部のメンバーだったという点が大きいだろう。
問題は次の1週間だった。
木乃香は常に刹那と一緒に居た。
だが、一緒と言うのには微妙な距離が開いていた。
それも後方にだ。
つまり、木乃香はこの1週間、ずーっと刹那の後ろをぴったりマークして、尾行し続けていたのだ。
無論、それに気づかぬはずも無い刹那は、木乃香の狙いが分からず困惑する日々が続いているのだった。
そして1週間が過ぎたある日、後ろが気になって性がなかった刹那は、珍しくも木の根に足をとられてしまう。
もちろん転ぶことなどなかったのだが、そのとき彼女は確かに感じたのだ。
自分が転びそうになったときの輝いた木乃香の瞳と。
転ばなかったときの残念そうな顔を。
それを見てしまった刹那は居てもたってもいられずに、そこから走り出してしまった。
誰も居ない場所までたどり着くと、疑問が爆発してしまう。
「お嬢様はもしや、私に怪我してほしいと思っているのか?
それは一体・・・どうして・・・?
も、もしや・・・それほど、私はこのちゃんに嫌われてしまったのだろうか・・・?
そ、そうかっ!
先日の魔物との交戦で手傷を負ってしまった私に幻滅されたのだな?
くっ、まだまだ修行が足りぬっ!」
変な曲解をしたまま刹那の暴走は続く。
「しかし、どうしたらお嬢様をご満足させられるのか・・・。
そうだっ、身を挺してでも怪我を負ってみせよう!
このちゃんのためならば、怪我の1つや2つ、大したことはないっ!」
・・・桜崎刹那。
冷静な剣士であるが、木乃香が絡むとからっきしなのが玉に瑕だったりする。
それから2日ほどが経っていた。
刹那は今日も怪我1つなく1日を終えようとしていた。
あれから、刹那は何度も怪我をしようと試みたが、無意識のうちに怪我が無いように身体が動いてしまうのだ。
刹那自身、こういうときに自身の危機能力の高さに気づかされるとは・・・、と感心してしまうほどだった。
帰宅途中の道を1人で歩いている刹那は、今日も後ろに木乃香がくっ付いて来ているのを感じていた。
ふと、
−そう言えば、以前魔物が出た辺りはこの辺だったな。
と刹那が考えた瞬間。
「グギャアアアアッ!!!」
「なっ!!?」
刹那が構える暇もなく、魔物の鈍器のような一撃が刹那に突き刺さる。
まともに一撃を喰らい朦朧とする意識の中で、ふと視界にこちらに駆け寄る木乃香の姿が見えた。
「お、お嬢様・・・お逃げ・・・くだっ」
−立ち上がってこのちゃんを守らないといけない。
−そんな思いが、全身を走る痛みでぼやかされていく。
−これが・・・怪我を望むなんて不謹慎なことを考えた私の末路か・・・。
「魔法の射手 光の9矢!!」
「このかっ!!刹那さんっ!!大丈夫!?」
刹那に駆け寄る木乃香をさらに追わんとしていた魔物が、さらなる乱入者によって後ろに下がっていく。
同時に、ネギと明日菜が木乃香と魔物の間に割って入ってきた。
「アスナっ!ネギ君っ!!」
「こっちは僕たちに任せて、刹那さんをお願いします!」
「よくも刹那さんをやったわねっ!
剣道練習の成果を見せてやるわっ!」
既に意識を失くさんとしていた刹那を、暖かい光が包み込む。
全身が暖かく、顔の辺りが熱い。
刹那が気力を振り絞って意識を繋ぎとめると、ぼろぼろと涙を流しながら、必死に『治癒』を唱える木乃香が、視界に入ってきた。
「ごめんな・・・ごめんな・・・。
ウチがせっちゃんの力なりたいなんて思って、せっちゃん怪我したら直ぐ治せるようにって後ろについてまわって。
それで、せっちゃんの怪我なんて期待してもうたから。
・・・ウチのせいや・・・。
ごめんな、ごめんな、せっちゃん。」
−このちゃん、泣かないで。
−このちゃんのせいじゃない。
−私が、信じきれなかったせいだから。
−ああ、私はこんなにもこのちゃんに想われているんだ。
−私の決意は、この想いで守られていたんだ。
−私は、このちゃんに守ってもらっていた。
木乃香の涙がぼろぼろと刹那の頬に落ちる。
それを感じたとき、刹那の口から自然と声が発せられていた。
「このちゃん、ありがと・・・。」
「せっちゃんっ!?
喋っても大丈夫なん?
ごめんな、ウチのせいや・・・。」
刹那の瞳が、じっと木乃香を見つめる。
しばらく見つめあった後、刹那がゆっくりと口を開く。
「お嬢様に救っていただくとは・・・、きっと私は護衛者として失格でしょう。
だけど・・・。」
刹那は自然と微笑んでいた。
「私はこのちゃんと一緒に居たい。
このちゃんが、私のことを守りたいと考えてくれたことが嬉しくて。
このちゃんが、私と同じ考えで居てくれたことが嬉しかった。
だから、私もこのちゃんを・・・守りたいっ!!
このちゃんにも嬉しくなってほしいっ!!」
ぐっ、と力を入れて刹那が立ち上がる。
「この傷は、このちゃんの心を、私が理解しようとしなかったことへの罰だから。
このちゃんは何も悪くないから・・・。」
そう言って、刹那はそっと木乃香を抱きしめた。
「ネギ先生、アスナさん、ここは私にお任せ下さい。」
『治癒』による回復を済ませた刹那が、交戦中のネギ達に合流する。
「刹那さんっ!
いえ、かなり強いですから、皆で協力した方が良いですっ!?」
「そーよっ!?
斬っても焼いてもすぐ再生しちゃうのよっ!」
ネギと明日菜が反対するものの、刹那は臆することも無く言った。
「いえ、問題ありません。
直ぐ済みますから、少々お待ち下さい。」
魔物の前に静かに立ちふさがる刹那。
突っ込んでくる魔物を、冷静な瞳で見つめながら、自身に檄を飛ばす。
「お嬢様に仇名す、魑魅魍魎めっ!
この私が成敗してくれるっ!!」
そして、魔物と刹那が交錯する瞬間、
「斬魔剣!!!」
刹那の必殺の太刀が振り下ろされた。
一撃で魔物を屠った刹那に木乃香が駆け寄ってくる。
「せっちゃん、ウチ、ごめ・・・。」
とまだ謝ろうとする木乃香の言葉を遮るように、刹那が自分の肘を指差す。
「お嬢様、ここを擦りむいてしまいました。
治して・・・いただけますか?」
その言葉を聞いた木乃香の顔がぱぁっと輝く。
「う、うんっ!
待って、直ぐ治すからっ!!」
そして、忘れられた感のある2人はというと。
「あ、あのー、アスナさん。
僕たちの立場って・・・。」
「このか・・・、私たちも結構怪我しちゃったんだけど・・・。」
「くすくす、アスナごめんな、もう少しだけ待っててな。
ネギ君もちゃんと守ってあげたいと思っている人に、守られてあげな、あかんえ?」
「はい?
なんのことですか?」
キョトンとした顔のネギに刹那も言葉を重ねてきた。
「ふふっ、そうかもしれませんね。
特に、ネギ先生の場合は、たくさんいそうですから。」
「そやね、アスナ、頑張ってなー?」
そう言って笑いあう2人。
完全に置いておかれた2人は、ぱちくりと木乃香と刹那が笑いあっているのを見た後、
「うん、がんばるー、って何が?」
「ぼ、僕に聞かれても分かりませんよー。」
ま、楽しそうだからいっか、とか思ったとかなんとか。
(終わり)