ガンっ!!

世界が、軋んだっ!
そう錯覚するぐらいの衝撃音が、
教室のドアから響いてきた。

な、何だ?
どうやら事態は俺に悩む暇も与えてはくれないらしいっ!?


ガガンっ!!


その考えは正しかったらしく、
何かを叩きつけるような音が教室を再び震わした。


おい、古泉?
俺が横にいるソイツに視線を投げかけると、
ヤツは音も立てずに例の玉を生み出して見せた。

長門すら追い出してしまうようなヤツ相手に、どこまで出来るのかは分からんが。
とは言え、それが唯一の勝算だ。

大事に使ってくれよ?

俺が古泉にそんな念を送っている間にも、
教室の向こう側から聞こえてくる音は激しさを増していきやがった。


ガンっ・・・ガンっ!!


という、断続的な音が、


ガンガンガンっ!!


といった連続的な音へとなっていた。
そして、


−びしっ!!


音を上げて、教室のドアが歪んでレーンから外れた。


続けざまに

ガガンっ!

とその重量に見合った、
耳に優しくない音をあげてドアが転がりこんできた。

一体・・・何が・・・?


俺か、
古泉か、
はたまた、その両方か、
ドクドクと心臓が早打っているのが聞こえた。


そして、目を向けた先に立っていたのは・・・、


「あれ?キョン?」


・・・ハルヒかよ。

脱力した俺の視界の先には、
右足の裏を扉があった場所に配置した、
我らが団長、涼宮ハルヒの姿がそこにあった。


どうやら、さきほどまでの怪音はハルヒの蹴りによるものだったらしい。
あれだけ蹴りを乱発したにも関わらず、
足を痛めた様子も見せやしない。

相変わらず人間離れしたハルヒは、
倒れたドアを堂々と乗り越えて教室へと入ってきやがった。


「これはこれは涼宮さん、どうなさいましたか?」


古泉が呆然として立ち尽くす俺に代わってハルヒに声を掛けたが・・・、
アイツもまだ混乱しているに違いない。

何か喋り方が変だぞ?
何時もよりも時代がかって聞こえるぜ?


ハルヒはそれを気にしなかったのか、
首を捻りながらも、

「家に着いて、服を着替えようとしたら突然意識が途切れた感じがしたのよ。
それで気付いたら学校の廊下らしい所で、
目の前の教室から人の気配がしたっていうわけ。」

とか答えてやがる。
・・・それで取りあえず破壊活動を始めたわけか。


つまりは何か?

この空間を作りやがった何者かは、
長門を排除して、
わざわざハルヒを連れてきたっていうことか?

古泉も俺の危惧と同じことを考えているのだろう。
あいつの顔が青ざめてるなんてめったに見れんしな。

・・・まて。


コレは何か?
もしかして、アレだ。

絶体絶命というヤツか?



涼宮ハルヒの憂鬱SS 涼宮ハルヒの断裂 後編



よし、ちょっとポーズだ、
スタートボタンを押してくれ。

・・・それは妄言だが、
取りあえず落ち着いて考えてみることにしよう。


仮に、此処が敵Aによって作られた空間だとしよう。
その敵Aは鮮やかな手腕で、
長門を排除してハルヒをこの空間に呼び込むことに成功したって訳か?

その目的は?
そりゃ、ハルヒのよく分からん力しかない。
今までだってそんな奴らばっかりだったしな。

が、だとしたら俺と古泉が居る理由は何だ?


・・・うむ。
俺の平凡な脳みそでは分かりかねるな。


無い知恵を使って考えてみても、コレが限界らしい。

俺は軽く頭を振って混乱した思考を頭から追い出す。
それから、まだ何かしらかを話しているハルヒたちの方へついと目を向けた。

ハルヒのヤツは目をきらきらと輝かせ、
自身に降りかかった不思議現象に微塵も危険を感じていないらしい。

この異常事態に対してオメデタイ奴め。


ん、待て。
ハルヒが危機感を感じてない?


・・・そんな訳はない。
夏の孤島や冬山の件から分かる通り、
ハルヒの非日常についての耐性はせいぜい人並みだ。

こんなフザケタ事態に陥って、
多少なりともパニックにならないわけが・・・


そうか!?


1つだけ俺には思い当たったことがあった。
確かにあの時も、ハルヒは全く平然としてやがった。



・・・そう、閉鎖空間の中だ。



それならば、古泉がこの場にいる理由も、長門が居ない理由も納得できる。
俺は・・・眼中になかったか、あるいは人質にでも使うつもりか?

情けないことだが、ここで朝倉のような敵が出てきたら、
俺は囚われのお姫様の如く助けを求めることしか出来ん。
はっきり言うとな。

どちらにしても、だ。
なる様にしかならん以上、慌てても仕方ない。
人生、開き直りが大事なんだと俺はこの1年間で悟ったんだ。


・・・改めて考えるとかなり老け込んだ気がするぜ。


とにかく、今後のことを古泉と話し合う必要があるだろう。

俺が呼びかけると、
アイツもハルヒに聞かせるべきではないことだと判断したのだろう。
つまらなそうな顔をしたハルヒに軽く頭を下げてから、
こちらに近づいてきやがった。


で、結局ここは何処なんだ?
俺は閉鎖空間なんじゃないかと思ったが。

ちょっとの間でも一人にしておけば、ハルヒがふらふらと飛び出していきそうでもある。
俺は早々に本題を切り出した。

「お察しの通り、閉鎖空間の中でしょう」

古泉も回りくどい表現などせず、平然と返してきやがった。
どうやら、俺と同意見らしいな。

「しかし、良くわかりましたね?
僕は専門ですから分かりましたけれど、全く驚きです」

そんなことはどうでもいい。
でだ、対処はどうするつもりだ?

「その事ですが・・・、かなり想定外な事態ですからね。
長門さん、いえその大元である情報統合思念体ですら、
この閉鎖空間に侵入したと言う報告はされていません。
つまり、こうもあっさりと進入、
・・・いえ、逆に利用されるなど有り得ない事態です。
これは、その天蓋領域と呼ばれるモノたちは最低でも長門さんたちよりも上、
あるいは、涼宮さんと同等のことが出来る可能性も考えざるをえません。」


バカらしい。
あんな天上天下唯我独尊娘みたいなのが何人も居てたまるか。

それよりは、お前のとこの組織内に裏切り者が居るとか、
そっちの方がまだある気がするな。


「なるほど。
僕が最初に貴方をココへ連れてきたように、という訳ですか。
可能性としては有り得ますが、
・・・いえ、やはりそんな事をする輩はいないと言っていいでしょう。
何より、我々は涼宮さんを決して裏切りはしません。」

・・・それにあの年齢不詳な偽メイド、森さんに隠しごとが出来るとも思えんしな。
となると、どう言う事だ?

「・・・そう言うことですか。
貴方のお陰で大体の見当がつきました。
ありがとうございます。」


古泉はそろそろハルヒの機嫌も悪くなろうと言うのに、
オーバーな意味の分からんアクションを返してきやがった。

ええい、切羽つまっとるんだ。
能書きはいい、さっさと話せ。


「おっと、これは申し訳有りません。
恐らく、涼宮さんがココに居てもいい、
と思っている人物が犯人だと言うことですよ。
例えば、長門さんであれば涼宮さんの力を利用し、この空間を作ること、
そして彼女をこの空間に来るように誘導することも可能でしょう。
そして、涼宮さんが入ってくるときに、
自分も滑り込ませてこの空間に干渉することすらもです。
ここは涼宮さんの世界ですから、普通であれば排除されるのでしょうが・・・。」


古泉が長い話を一度区切り、こちらに目を向けた。

なんだ?
こっちを見て、どうかしたのか?


「はい、貴方と同じで、涼宮さんから自分の心をある程度晒してもいい、
と思っている人物であれば比較的容易に入ってこれるのではないか、
と思いまして。
・・・例えば、SOS団の新メンバーだったりすれば、です。」

ちょっと待て。
じゃあ、同じSOS団の長門が、どうして弾かれたんだ?
その理屈だと、長門もここに残ってなきゃおかしいだろ?

「それは・・・高度な情報戦などがあった可能性も否定できませんが、
如何せん、僕らには認識することすら困難です。
ですが、事実として長門さんを追い出した何者かがいることは確実です。」

まぁ、長門が消えた理由はともかくとしてだ。
取りあえず、ハルヒの閉鎖空間ってことは、
アイツの傍にいたら安全ってことか?

「まぁ、そうなります」

ようやく何時ものニヤケ面を取り戻した古泉が首肯した。
そうか、それならば安心だ。

「神人の気配も感じられませんし、当面問題は起きないでしょう」

古泉の言葉にはっとする。
そういえば、あのエラク自己主張の激しい巨人の姿が見えないな。
辺りを所構わず破壊するはずだから、
居ればイヤでも分かるだろう。

何だ、これはもう、本格的に危険は無さそうだぜ。

「・・・ですが、逆に考えればこの場所に組織の仲間が来ることが難しいでしょう。
神人が居なければ、場所を特定することさえ難航すると思われます」

古泉の奴はそう言って悩む素振りを見せているが、
俺はもう危険はないものだとタカを括っていた。
ま、こういうときの俺の感は当たるもんだ?



古泉はともかく、
俺がこの怪現象について自分なりの結論を出したときには、
もうハルヒの堪忍袋は切れそうだったらしい。


「ちょっと、キョンっ!
なにっ?
なに男2人でこそこそ喋ってるのよっ!!」

訂正だ。
既に切れていたようだ。


俺は気のない風を装ってハルヒに答えてやった。

ああ、トイレに行きたいと思ったんだが、
ここって水出るのかなと心配になってな。
その議論をしてた。

・・・スマートだろ?


「知るかっ!!?」


何故か、ハルヒはそっぽを向いて教室から出ていってしまった。

・・・すまん。
理由は分かってるんだが、惚けておきたい年頃なんだ。


俺は慌ててハルヒの後を追いかけた。

アイツの傍に居るから安全なんだ。
ここではぐれたりしたら、赤い玉になって空を飛べる古泉はいいが、
俺はゾッとしないことになるだろうことは確実だ。

それは勘弁願いたい。


おいっ、ハルヒっ!?


大きな声で呼びかけるが、返事がない。
・・・くそっ。
ハルヒにもここは初めての場所なはずだ。
なのに、躊躇なく道を歩いていきやがるのは何故だ。


そんな俺の心配など何処吹く風と言った感覚で、
ハルヒは校舎を抜け、校庭を横切り、
いや、そこまではいいんだ。

そのままの勢いで学校の横手の林に分け入ったあと、
獣道らしきところを迷い無く突き進んでいきやがった。
そんなハルヒの後姿を俺は見送っていた。


・・・っておいおい!?

俺は止まっていた脚を再びハルヒの歩いていった方角へと進める。
もともと獣道なのか、
あるいはハルヒが植物を粉砕していったせいなのかは知らんが、
歩くことに不都合は思えないぐらいには整頓された道だ。
この道で間違いないだろう。

とは言え、歩き続けることにもそろそろ限界だな。
こうも変わらない風景が続くと眩暈を覚えそうだ。

そんな風に思いながら顔を上げると、
もう林の切れ目が見えていた。
それで、俺は終着地点に辿り着いていたことにようやく気付いた。

−そして、林を抜けた先には



ぽっかりと、林の中にある空洞でもあけたかのようなだだっ広い草原の、
そのど真ん中に、
満開の桜の木があった。



何だこりゃ・・?
俺は林から出たところで、その木を見上げていた。
ハルヒは、少し離れた場所で同じように木を見上げて立ち尽くしていた。
どうやらここが終着らしい。

直ぐ後ろから、
「これはこれは・・・2週間ばかり時期遅れの桜ですね?」

いつの間にか、追いついていたらしい古泉に呼びかけられた。


「そうね・・・」


ハルヒが古泉の言葉に反応を返しやがった。

俺が声のした方へ視線を向けると、
ソイツはどこか懐かしそうな顔でその木を見つめていやがった。

「これ、遅咲き桜って言う、この町では割と有名な都市伝説よね。
古泉君は転校生だから知らないでしょうけど」

ああ、そう言えば小学生ぐらいの頃、そんな話を聞いた気がするぜ。
ん?
聞いただけじゃなくて、見に行った気もするな。

・・・その頃の俺は純真だったものだ。

俺がそんな過去の自分を懐かしんでいる間にも、
ハルヒは古泉に遅咲き桜の説明を続けていた。

ハルヒが知るところの遅咲き桜とは、
まぁ、俺の知るものと遜色あるものではない。


つまり、
どこかの林を抜けた先にぽつねんと立つ一本の桜の木。
その花は2週間ばかりずれて花が咲く。
そして、その木の下には死体が埋められているから遅く咲くらしい。

それだけだ。
まぁ、桜の木の下に死体云々は、今考えてみればひどく在り来たりな話だ。
とは言え、実際に毎年遅く咲いていれば学術的には面白いかもしれんが。

だからといって結局2週間程度では、
好奇心旺盛な子供以外にとっては別段興味をそそるような話ではない。

それに、桜の種類が違うだけなのかもしれん。
ほら、鶴屋さんのところの桜はゴールデンウィークの頃が見ごろらしいしな。


だから、小学生の間では話題になっても中学に上がる頃には、
いつの間にか誰の口にも上らなくなる。

それは、そう言った類のものだった。



「でも、これって子供の噂話ぐらいにしかならないのよねー。
なんと言っても実際にあるし、
2週間早いぐらいじゃ、子供の肝試しのネタにぐらいしかならないのよ」

「そうですか?」

ハルヒも俺と同じ意見だったらしいが、
初聞の古泉はそれに反論を唱えた。


「いえ、同地方でそれだけ花が咲く時期に違いがあることなど、
それほど例がある訳ではありません。
しかも、それがこれほど見事な桜の木であれば、その価値はかなりのものです。
もちろん、晩春に咲く桜もありますので一概にどうとは言えませんが、
僕の見たところでは、この木はソメイヨシノのようですし。
それなりに町の名物になっていてもおかしくないのではないかと?」


・・・確かにな。
商魂逞しい方々であれば、観光名所の1つとでもしてしまいそうな気がするぜ。

古泉の説明に俺はいたく感心していたが、
当のハルヒは木の真下まで駆けていってしまった。
・・・聞いてやれよ。


「ふぅーん、ま、そうかもしれないけどさっ。
なんか、この場所に人の手が入るのは無いのかなーって思っちゃうのよね。」

ハルヒはその木にぺたりと自分の手を当てて、

「・・・そう言えば、小さい頃この場所に来た気がするわ。
それで、誰かに会った気がするんだけど・・・?」

そう言って首を捻るハルヒに、
む、
と俺は顔を顰める。

おいおい、それは俺でした、とかいう超展開は勘弁願いたいぞ。
・・・この場所に来たことがあって、
尚且つここで誰か見知らぬ人にあった身としては尚更な。

よく覚えていないんだが、確か・・・


「「女の子」だった気がするわ」


だった。
っておいおい。
俺とハルヒは同音同句な言葉を発していた。


「なに、キョン?
アンタもここに来て、女の子に会ったことあるの?」

ああ、会ったことがあると思う。
残念ながら、顔も名前も覚えてやしないがな。

「そ、私が覚えていないことをキョンが覚えているわけないから別にいいわよ」

・・・それはヒドイ発言だな。
まぁ、とにかくハルヒの様子から分かることは、
コイツがこの場所にそこまで執着を持っている訳ではないってことか。


ん?
待て、何か引っ掛かるぞ。

それじゃあ、ハルヒの閉鎖空間にこの場所が出てきた理由は?
俺らをココに呼んだ奴の意思か?
それなら、コレにどんな意味が有るって言うんだ??
分からないことだらけだ。

が、もしかしたら、
ソイツはこの閉鎖空間の外に居るのかもしれないな。
結局この空間に入ることなど出来ずにな。

だから、こんな回りくどいことをして、
ハルヒに何かを伝えようとしているのだろう。



「でもさ、折角こんな場所思い出したんだから、
お花見とかしてもいいかもねっ?」



そう言ってハルヒがこちらをふり向いた。
俺はハルヒにその返事を返してやろうと、

目の前の長門に・・・、
長門?


うをっ!?


慌てて長門と距離をとって、辺りを見回してみる。
なんてことは無い、
何時の間にやら、元居た教室に戻っていた。
古泉の姿も見えるし、消えたはずの長門の姿もだ。

・・・帰ってきた?

ということは、もうやるべきことはやった訳か。
って何をしたんだ、俺たちは。
・・・分からん。


長門は、俺の方を上から下までじっと見つめていたが、
それに飽きたのか、

「・・・そう」

とだけ呟いて、さっさと教室から出て行ってしまった。

まぁ、積もる話は後回しだ。
俺も疲れた。
帰ることにしよう。

・・・古泉も悪巧みなら長門としてくれ。
今日の俺はもうガス欠なんでな。



次の日のことだ。

授業も終わり、SOS団の部室の中に集まっていた俺たちは、
ハルヒの

「探検をしましょう!」

の一言で部屋を追い出されるハメになった。


事の次第を皆知っているのだろうか?

ガチョウの親鳥に雛が従うか如く、何の疑問も抱かず、
古泉と長門と朝比奈さんの3人がハルヒの後に着いて行った。

その場に取り残された俺と九曜だったが、
ここにこうしていても仕方が無い。
俺は九曜に行くぞ、と促してぶらぶらと後を追い始めた。

そういえば、九曜の正体についての説明は、中途半端なままだったな。
ま、昨日のアレがコイツの仕業だったとしたら、
きっと今からいく場所がその回答になるんじゃないか?

俺は昨日、特に危険が無かったからか、
割と寛大になっていた。
いや、諦めの境地と言えるのかもしれんが。

・・・それにハルヒのことだから、斜め上を行くこともあるかもしれないしな。


ハルヒの歩みが進むにつれ、やっぱりな、と俺は確信を持つに至った。
アイツは、昨日の閉鎖空間で辿った道をそのまま突き進んでやがる。
という事は、たどり着く先は・・・


やっぱり、ここか・・・


あの桜の木の場所だ。
閉鎖空間と同じようにこの場所で花を咲かしていた桜の木が、
そこにぽつねん、と立ち尽くしていた。


恐らく、ほとんど何も知らないだろう朝比奈さんは、

「わー、満開ですねーっ」

見事な能天気ぶりですが、可愛いから許します。

古泉は、

「これはこれは、・・・素晴らしいですね」

こっちはワザと惚けてやがる。

それから長門はいつもと同じ無表情でいるかと思いきや、

「・・・」

桜を見もせずに九曜に視線を向けてやがった。


「うんっ、これで確認終了!
今度、鶴屋さん家で花見するときにはここにも寄らせてもらうことにしましょ!
さっ、みんな帰るわよっ!!」


ハルヒの声が響き渡った。
民家がないのが幸いだと思えるぐらいでかい声だ。
というか、もう帰るのか?

何しにきたんだ、アイツ?

俺は隣に居る九曜に同意を求めようと、
ソイツの方を向いて、


ソイツが、かすかに微笑みを浮かべているのに気付いた。


・・・よく分からんが、
ハルヒの行動で正解だってことか?


長門に助けを求めようとしたが、
もう長門の目は九曜からは外されていた。

つまりは、なんだ。
もう解決したってことか?

結局、訳が分からんままだった。
今回の俺は、どうやらハルヒ以上に脇役だったらしい。
さっぱりと事情が掴めんからな。

ま、その辺りのことは後で事情聴取でもして

「そーなのかー」

とでも相槌をうってやることにするさ。

言いたいことはただ一言、
やっぱり平和が一番だってことぐらいだな。



でだ、俺は某猫型ロボットに助けを求める眼鏡君のような神妙さで、

種明かしをしてくれ

と、我がSOS団が誇るドラ・・・、いや、長門大明神に尋ねることにした。

あれから、もう数週間がたち、
ゴールデンウィークが目前に迫った頃のことだ。

ハルヒがいないタイミングを計ることが難しく、
こんな時期になってしまっていたが、
気になるものは気になるんだ。

それに、そのせいで授業の理解が悪くなっている気がするぜ。
・・・永遠にソイツのせいにしておきたい所ではあるが、
中間テストも迫っている。
そういう訳にもいかんからな。

なるべく早いうちに、スッキリさせておきたいという気持ちに偽りはない。


「周防九曜は、
天蓋領域が作成したヒューマノイドインターフェイスであると推定される」

ああ、そこまでは以前も聞いたな。
でだ、その天蓋領域とは一体何者なんだ?

「情報統合思念体とは異なる性質・方向でこの宇宙に発生した彼らは、
これまで我々に認識されることは無かった。
その理由は、貴方達が言うところの幽霊、
と呼ばれる存在に彼らは近いためと推測される。」

は?
幽霊だと?

「この星でのみ存在するわけではない。
ありとあらゆる、意思があるとされる情報に存在している確率の高い、
そう、魂と呼ばれるだろう存在を、
この世界の概念である情報から切り離し、
彼らの世界に見合った形に変換させる存在であると認識された」

よく分からんが・・・。
しかし、幽霊とやらは禁則じゃなかったのか?

「情報統合思念体はソレを揺らぎとしてのみ認識していた。
ソレが存在として認識されたのは・・・」

そこで長門がコチラにふり向いてみせた。

「貴方の家の猫が原因。
その中で凍結させていた素子が何者かによって抜け殻にされていた。
それは情報としては存在するものの、
最早志向性を持たない塊として残留しているに過ぎない。
そして、ソレを行ったのが、貴方が出会った周防九曜と名乗る存在だった」

九曜がソレを殺したってことか?

「その答えはノー。
言うならば、以前のソレは元々死んでいたモノに魂を括りつけてて、
その有益性を保っていた状態。
魂を別のカタチに変換させ・・・、
そう、適切な単語が見つかった」

なんだ?

「猫に取り付いていた幽霊を成仏させた」

なるほどな、そりゃ分かりやすい。


つまるところ、天蓋領域は俺たちが言うところの幽霊ってやつか。
いや、幽霊を成仏させる存在だから死神とでも言うんだろうかね?

確かに、天蓋ってのにはそんな宗教がらみの意味もあったような気もするな。
ま、それは関係ないだろうが。

ていう事は何か?
以前、そいつ等の範疇にあった犬の奇病事件がきっかけで、
俺が何気なく言った、居てもいいぜ、とか言う戯言が九曜を呼んだとでもいうことか?

で、そいつ等はシャミセンを辿って、
そんな不思議事件に耐性のある俺たちにたどり着いたと。
そして、俺たちを利用して、
何かをさせようとしたわけか。


「その通りデス」


俺の呟きは、いつの間にか直ぐ横に立っていた九曜によって答えられた。
長門が何もしなかった所を見ると、
どうやら俺に危険はないらしい。

「あの炭素生命体には、我々が処理をすべき対象が内包されているデス。
ですが、その対象は・・・・」

少し、言葉を捜すかのようにしてからその続きを紡いだ。

「未練があったデス。
その未練を断つために、貴方たちにその場所へ行ってもらったデス。
過去にもその場所へ行った貴方達はその対象を認識していたはずデス」


・・・ああ、名前も顔も覚えていない少女って言うのはそういうわけか。
ゾッとしない話だが、まあ、下に埋められた云々なんて話がホントかどうかなんて、
気にしないようにするのが正解だな。

もしかしたら、子供時代にそんなモン見ちまうから、
それ以上其処には寄り付かなくなるのかもな。

後で帰ってみたら急に怖くなって、とかな。
・・・有りうる話だ。


気付くと、俺は昔の自分に対する感傷に浸っていたらしい。
じっと、こちらを見ている九曜に、
なんでもないと言った風に手をふってやる。

それで、その未練とやらは何だったんだ?

「その未練は、桜の花ではなく、自分を見に来てくれる存在デス」

なるほどな、
ハルヒが、桜が散った後のゴールデンウィークに行こうとしたのはそういう訳か。
まぁ、ハルヒの何でもかんでも引きつけてしまう無節操さと、
その辺りを対処する勘の良さは群を抜いているからな。
九曜にどうこうされなくてもその内、巻き込まれていただろうよ。

俺が望むと望まざると関わりなくな。


それに、利用されるのは釈然としない、なんてことは言わないぜ。
何しろ、過去に跳んだときは自分にさえ利用されたりもしたんだ。
俺たちに害意がないのであれば、ま、付き合ってやっても構いはしない。

と言うか、今回は俺もしんどい目にあってないしな。

むしろ九曜と無意識のハルヒがスマートに事を解決してくれたことに、
感謝すら覚えるね。

取りあえず、事のあらましは理解できたわけだ。
じゃあ、約束通りの台詞で締めることにする。

「そーなのかー」

よし、満足だ。



そして、俺の心労の種が取り敢えずは除かれ、
世間様一般で言うところのゴールデンウィークがやってきた。

俺たちSOS団の面々は、
当初の予定通り、鶴屋家に集合していた。

そこで、待ち構えていた鶴屋さんの手厚い抱擁を朝比奈さんが受けている内に、
ハルヒはまるで我が家のようにずかずかと侵入していきやがった。
・・・このお屋敷でビクつかないぐらいの大胆不敵さは、
最早長所と言っても過言じゃないな。

ハルヒは真っ先に庭に出て、ちょうど見ごろを迎えた八重桜、
その大軍といっても過言ではない数の木々に目を向けた。

俺たちも庭に出て木々をぼけっと眺めているうちに、
鶴屋さんが朝比奈さんを連れて合流した。
が、鶴屋さんが何かを言うよりも早く、
そこに鎮座していた重箱をあっさりと強奪したハルヒは、

「よしっ、それじゃあ場所移動しましょーっ!」

などと言い出しやがった。

・・・鬼か、コイツは。
鶴屋さん、怒っていいですよ?
はっきり言ってやってください。


「おおっ、私ん家よりもすごい場所があるっていうのかいっ!
それは是非とも拝見したいもんだねっ!」


・・・見事なまでのポジティブシンキングだ。

ま、こちらとしてはその方がありがたいのだから、
文句をつける必要はありゃしないんだが。


ハルヒがSOS団と鶴屋さんを連れ出した先は、
もちろん、あの桜の木がある場所だった。

やっぱり桜の種類など、俺にはとんと分からんが、
今はこの木には花が咲いていないから、
少なくても鶴屋さん家の桜とは種類が違うのだろう。

というか、この木もやっぱり普通の木なんだな。
他の桜が散った後も咲いてるのを見ると、
1年中咲いてるのかと勘違いしそうにもなるが。

そんな事を青々と茂った葉っぱを見上げながら考える。

「こりゃすごいねっ!!」

俺の珍しい感傷は、鶴屋さんのよく通る声によってかき消された。
そちらに目を向けると、目を見開いて驚いている。
・・・一体、何がだ?


「ほらほらっ、みくる、すごいよっ!!
天然物がこんな立派に育つなんてそうそうあるもんじゃないねっ!
それに全然、虫が居ないんだよっ!?
葉桜なんて毛虫のメッカなのにさっ!!」

「そーいえばそーですねー。
私、毛虫苦手なんでよかったですーっ」

「あーもぅ!
毛虫嫌いなみくるも可愛いねっ!!」

かいぐりかいぐりと朝比奈さんの頭を撫で回している鶴屋さんは、
本当にこの場所に驚いたようである。


これで取りあえず1つ目の懸念は無くなった訳だ。
・・・鶴屋さんが自分の計画を放棄させられ怒り出す、
という想像もつかない故に最悪な事態のな。


俺がそんなことで安堵している間に、
古泉と長門はその木の下にピクニックシートを引いて、
花見用の場所作りをしていた。
ハルヒは鶴屋さん家から強奪してきた重箱と、
自分で持ってきた弁当箱らしきものをその上に並べていた。

朝比奈さんが慌ててお茶道具の準備を始めて、
鶴屋さんがお湯の準備を進めていた。


俺は、そんな皆の様子を眺めながら、
同じように立ち尽くしていたソイツに話しかけてみた。

−どうだ、これで良かったのか?
ただ花の咲いてない時期に集まって騒いでるだけにしか見えんが。

「満足デス。
あそこを見てほしいデス」

つい、と九曜が指を刺した先には、
何時か何処かで見たことのある気がする、
そんな女の子がハルヒに捕まっていた。

ま、それならいいのさ。


それから九曜は少しだけ頬の筋肉を緩めた顔で、
続けてくれた。

「観測対象にアナタを選んで間違いでは無かったデス。
対象の望むべき行動をとって頂き感謝デス」

それなら良いんだが・・・、
いや、待て、
1つだけ教えてくれないか?

「何デス?」

結局、お前は宇宙人ではないんだろ?
じゃあどうして、TFEIなどと名乗ったんだ?

「それは・・・」

九曜は少しだけ考えるような素振りを見せてから、
ひどくあっさりとした口調でこう答えやがった。



「冗談デス」

(END)