「冗談デス」


野菜ジュースを飲み終え、
手にしていた紙パックを机の上に置いた
ソイツの口からそんな文言が出た。
・・・何がだ?

おい、九曜。
今の言葉はそのタイミングで使うもんじゃないと思うんだが。

そもそも、
と言いかけたが!

そうか、と思い当たる。
妹の前なのに情報伝達がどうとか、
そんなこと言っちまっていたか。

覚えてない方は前半を見返して頂きたい。
確かにそんなことを言っているハズだ。

何、昔過ぎて忘れただと?
確か昨日のことだったと思うぞ。
・・・そういう事にしておいてくれ。
決して俺は若年性痴呆症ではないのでそのつもりでいてほしい!


俺の言いかけていた言葉に、こくん、と首を傾げる九曜。

あー、悪い。
俺の今の発言は忘れてくれて構わん。

「分かったデス」

そう応える九曜は特に疑問にもった様子もないな。

ま、微妙にフォローが遅い気がしないでもないが、
コイツがちゃんと隠そうとしてくれているのであれば言うことはない。


俺は、妹が甲斐甲斐しく運んでくれた飯を口に詰め込みながら、
時計を確認して・・・、うげっ!!

おいおい。
何時の間にかもう時間やばいぞ、こりゃ!?

慌ててご飯をかっ込んで、
妹たちに

「ごちそうさま!」

とだけ、言い残してダッシュだっ!

俺は急いで出掛ける支度をして、
自転車の鍵を引っつかみ、
家の外に止めてある自転車に飛び乗った!!

その際の所要時間はわずか3分という驚きの自己ベストだ。

自転車を走らせながら、せっかく余裕があったのにな・・・、
とため息を吐く。

どうせ、俺が着いた時間には全員揃っているのだから、
奢りという事実には違いない、違いないのだが・・・。

集合時間に遅れると俺の出費がさらに倍になりそうな気がする、
・・・いや、アイツのことだ。

気がするではなく、確実にそうなるな。


俺の奢り代は古泉の機関とやらに経費として出して貰えんかね。
割と切実に思うぜ。

毎回、俺が全員分出してるなんて、
改めて考えてみても正気の沙汰とは思えんのだが。

真面目に考えてみても良いかもしれん。
・・・とはいえ、宛名にはなんて書けばいいのかね。

『機関』様か?

・・・きっと喫茶店のスタッフにバカにしていると思われるな。
それでその日から、厨房では機関様ご来店とか呼ばれるわけだ。

考えただけでもぞっとする。
今回は止めとくか・・・。



涼宮ハルヒの憂鬱SS 涼宮ハルヒの断裂 中編



俺の切実な悩みの一つである金銭問題を考えているうちに、
いつもの駐輪所を越えてしまったようだ。

まじかよ・・・。
気付いてUターンしようとしたとき、だ。
ソイツの声が天下の往来に響いたのは。


「あっ!
キョーーンッ!!
おっそいわよーーーっ、罰金――――っ!!」


何と言う能天気な声だ。
辺りに響き渡った大声に周囲の常識人の方々が何故か、
アチラではなく、コチラに目を向ける。

ていうか、何故こっちを見る。
あっちを見ろ、あっちだ。

・・・そして、そこで指差してるお前は、
もう少し世間様の目という奴を考えてくれ。

もしかしたら、今でもあの喫茶店スタッフの間では
不名誉な通り名が与えられているかもしれんな。

如何ながら、かなり真実に近そうでイヤな想像だな。


ん?


なぜハルヒたちまでこっちを驚いた顔で見てやがるんだ?
ハルヒのびっくりした顔も珍しいかもしれんが・・・、
古泉も困惑した表情をしてやがるし、
朝比奈さんは口をパクパクさせている。

長門は・・・相変わらずの無表情に見えるが、どこか違って見えるような?
いや、視線が少しずれているんだな、アレは。

一体どこを見て・・・、俺の背中側か?

なるほどな。
そこでようやく自分が注目を浴びている要因を突き止めた。

残念ながら、俺は背中側には目はついてはいない。
・・・いないのだが。

後ろに何かいやがるぐらいは分かる。
というか、ホントに何故気付かなかったんだと、
3分前の自分に問いかけてやりたい気分ですらあるな。

だが、改めて考えてみても、そんなアホなこと有り得るわけがない。
自転車の荷台にヒト1人積んでおいて、気付かないなど有るわけがないのだ。

もう一度言う、そんなことあるわけが−。

ないわけでもない、のか。

少し落ち着いてみると、それが良く分かる。
何しろ後ろの奴には重さがない、比喩表現では無く、全く感じないのだ。

それどころか、ソイツは俺の服を掴んでいる、
・・・掴んでいるはずなのだが。

服が引っ張られる感覚すら皆無という、
不思議現象の大安売りなのだ、
驚くべきことにな。

ま、長門のお仲間なら大抵のことは出来て当然、
そんな風に思えてしまうあたり俺も染まっちまったもんだな。


さて、時間延ばしもいい加減にしておこう。

そりゃ、人でごったかえす駅前に2人乗りして現れたアホが、
さらに大声で呼びかけられでもしたら、注目の的だろう。
俺も他人なら見るぜ、はっきり言ってな。


「で、何で居るんだ」


俺は後ろを振り返って、ソイツ改め、九曜にそう尋ねた。

「観察デス、私がココに居る理由デス」

・・・簡潔な説明ありがとよ。


俺は早々に説得を諦め、
自転車を駐輪場に押し込むためにペダルを押し込むことにした。

後ろから、
「こらーーっ、キョン、説明しなさーーいっ!」
なんて声が聞こえてきたが、無視だ、無視。


・・・今のうちに、言い訳を考えておくことにしよう。



「で、その娘は誰?」
ハルヒのジロジロと擬音が目に見えそうなぐらい不躾な視線が、
九曜に突き刺さる。

あの後、自転車を置いてから集合場所に戻ったのだが。
背後霊もかくや、というぐらい足音も立てずについて来た九曜を見て、
ハルヒが最初にのたまった発言がソレだ。


「周防―――九曜―――デス」


朝の会話は大分ウィットに飛んでいたが、
相変わらずお前の説明は簡潔すぎて訳がわからん。
ハルヒに補足してやろうと口を開く。

近所の娘だよ。
妹が朝ご飯に呼んだらしいんだが、付いてきちまったみたいだな。

そう如何にもなんでもありませんよ、という風に言ってやる。
ま、嘘は吐いてないだろ、多分な。


ハルヒはじろじろと九曜を眺め回していたが、
こう言っては何だが、俺たちと比べてもより小さい体つきだったせいか、
俺の説明に一応は納得の表情を浮かべた。


「ま、いいわ。
それじゃあ、その娘はキョンが責任を持ってエスコートするのよっ!?」


なんて言いつつ、
九曜の手を握り締めていつもの喫茶店に歩き出す。

楽だからいいんだが・・・、
お前、発言と行動が矛盾しているぞ?


残りの団員たちがハルヒを追いかける形で
俺の横を通り過ぎようとしたとき、

「アレは誰です?」


と古泉が珍しくも真顔で呟いた。

俺が、「何がだ?」と疑問符を浮かべる前に、

「いえ、今は取り敢えず涼宮さんを追いかけましょう。
話はまた後で。」

そう言いながら古泉は頭を振って、
ハルヒを追いかけていった。
・・・機関は九曜のことを知らないのか?

と言うか、中途半端に言うな。
俺が困るだろうが。


まぁ、長門と比べてさえ、
如何にもコミュニケーション能力に劣りそうな九曜のことだ。

人と接触したのは俺が始めてだった、
などと言われても信じてしまいそうだぜ。


その時の俺は呑気なもので、古泉にそんなことを言われても、
別段危機意識なんてものを持ってはいやしなかった。

朝比奈さんが不安そうな表情を浮かべるのは、
いつものことだと思っていたし、
長門の感情のブレなんて感じ取れさえしなかった。

きっと、朝倉やあの未来人の印象があまりにも強かったのだろう。
敵なんてのは、にっこり笑って『ぐさっ』だとか、
如何にも敵然として登場してくれるものだと思っていたのだ。


とは言え、突然九曜が『敵だ』などと言われていたとしても、
全くピンときやしなかっただろうことは事実だ。

とにかく、俺のその時点での選択肢は、
どちらにしろ『何もしない』しか無かったわけだ。

余計な心労を溜め込まずに済んだ分、
3人の団員の反応に気付かない事が、
精神衛生上好ましかったことだけは事実だったと信じたいね。


ふと気付くと、
ハルヒたちはもう喫茶店の前で俺を待ち構えていた。


「ほらーっ、キョンの奢りなんだからさっさとしなさいーっ!」


・・・どうして俺は理不尽に奢らされる上、
ああも命令されなけりゃいかんのだ?

「奢りデス?」

九曜の呟きが少し離れた俺の耳まで届く。

九曜の声がよく通るからなのか、
はたまた、都合の悪いことであるが故なのか、そんなことは知らん。

が、このままハルヒに喋らせていては、悪い方向へ転がるだろう。
・・・確実にな。

仕方なしに、駆け足でハルヒたちに合流し、
俺に対する不利な発言を諫めてやろうと−。

「そうよ、我がSOS団の飲食費用は
漏れなく平団員のキョンが支払うことになってるのよっ!」

ほらな。
ん?
・・・ちょっと待て!
それは聞き捨てならんぞ!?

ハルヒと九曜の俺にとってあまりにも驚愕すぎる話題に、
思わず徹底抗戦も辞さない構えを取る。

「それがイヤならもう少し早く来なさいっ、全く・・・」

ハルヒは俺の抗議に対して、嬉々として反応を返してくる。

取りあえず遅刻することが前提であるから支払いをさせているだけで、
早く来ればその限りではない、
と言った趣旨の返答であったので一先ずは安心か。


ん?
・・・待て、安心していいのか?


そんなことをグデグデと店の前で俺がほぼ一方的に言われているうちに、
古泉たちはもう店の中まで入っていってしまったようだ。

6人がけのテーブルに3人で一列に座り、
すかさずお冷を持ってきた店員に注文を頼んでいる。

おい、コラ。
お前ら助けんかい。


「ちょっと、キョン!!
聞いてんのっ!?
大体、アンタは・・・」


ここで俺がハルヒの脳天にチョップでもかまして、
「ちょっと黙ってろ」とかクールに言えるキャラなら良かったんだが。

残念ながらそんな設定はない。
ない以上、ハルヒの怒涛の口撃が途切れた所で、
適当な相槌を打って話を切るしか無いんだが。

どれ位掛かるかは検討もつかん。

だが、今日は珍しくも味方が居たようだ。
九曜がくいくい、と俺の袖を引っ張り店の中に入ろうと急かしてきたのだ。

・・・ま、いいか。

俺はそう結論付けて、ハルヒに背を向けることにした。
さらば、ハルヒ、願わくば警察に捕まらないようにな。


あまり良くなかったようだ!?


目の前から俺が居なくなったにも関わらず、
カップラーメンが食べ頃の時間になるまで喋り続けたハルヒだったが、
気付いた後は早かった。
何しろ、「お、気付いたか」と思った瞬間には、
俺の眼前10cm手前でギロリと睨みつけてきやがったぐらいだ。

いつもならここでハルヒの隣に座らされることになっている俺は、
この不機嫌マックスな団長の不機嫌オーラを甘んじて受けていたのだろうが、
今日は一味違う。

なにしろ、間に九曜を挟んで、物理的距離を離したからな。
ほら、ソコ。
卑怯って言うな。


アレでもハルヒは自分より小さい相手に、
不機嫌をぶつけたりしないことぐらいは分かってる。

実際に、ハルヒは唇を尖らせながらも、
九曜の長い髪の毛を弄って遊ぶぐらいで、俺をなじることもしなかった。

コラ、そこ。
女の影に隠れて見っとも無いとかも言うな、
・・・例え真実だとしてもだ。



そんなこんなで、メニューが一通り揃う頃には、
ハルヒの機嫌も回復してきたようだった。


で、俺はハルヒの機嫌があっさりと治った訳を悟ったのだ。

何故か、ケーキが5つ運ばれてきたんだが・・・?

店員のウェイトレスさんは笑いを噛み殺したような顔で、
俺以外の、
全員にケーキを配ってから、

「ご注文の品は以上でお揃いですか?」

なんてのたまいやがった。


「ええ!
キョン、御馳走様!」

「ご馳走様デス」

ハルヒの言葉を復唱するかのように九曜の言葉が続く。
・・・コイツ。
どうやら九曜の髪を弄くりながらも、
今の言葉を言わせるために小声で説得していたらしい。

くそう、ハルヒめ。
間に九曜を挟んでいてはヤツのを奪うことも出来ん。

ハルヒの効果的な仕返しを受けた俺が、
ケーキを頬張るハルヒを睨みつけていると、

すっ、とケーキを一片刺したフォークが俺の口元に差し出された。

うをっ、と俺は一瞬びっくりしたが、
すぐさま礼を言おうと、顔を差し出された方へ向け、


「・・・フォークを差し出すな、古泉」


はぁーーー、と深くため息を吐いて、
力無く机に突っ伏したのだった。

頭上から聞こえるハルヒのゲラゲラという品のない笑い声がえらく耳障りだぜ。



俺の財布の平穏と引き換えに、
機嫌を回復させたハルヒは九曜と積極的にお喋りを始めたが・・・、
なんか悪い事を教えそうな予感がするぜ。

「よっしっ!
コレで今日からくーちゃんも萌えキャラねっ!?
早速、キョンでその威力を試してみるといいわっ!!」


ハルヒの方を向いていた九曜がコチラを振り向く。
・・・イヤな予感しかしないな。


そのままコチラをじっと見つめたかと思ったその時!

「うぐぅ」

ずっこけた。
が、一応ノッてやることにする。

「うぐぅ」

「真似しないで、デス」

・・・なんと言うか、対極に位置してないか?


「反応イマイチね、次つぎー♪」
そんなことを言いながら、ハルヒがテキパキと髪を解く。

「雪、積もってるよ?」

「そりゃ、2時間も待ってるからな」

「わ、びっくり、デス」

頑張った感はあるが、30点だな。


「キョンのくせに厳しいわねー」
今度はツインテールに髪を結ぶハルヒ。

「買わない、買えない、買えるかっ」

「まこぴー語か?」

「ちがっクシュン」

「ホントにまこぴー語を使うとは中々やるな、65点だ」
九曜にテッシュを差し出しながら、好評価をつけてやる。


「あー、もういいわよっ!
取り合えずキョン、アンタが萌えを理解してないのは解ったわ。」
そうブツクサ言いながらも、
ハルヒは丁寧に九曜の髪を元の海老の形に結っていた。

ところが、
ん?と一瞬不可解な顔を浮かべたかと思ったら、

「むしろ、キョン?
アンタ、みょーに上手いわね・・・。」

などと言いながら、こちらを見つめてきた。

うっさい、ほっとけ。
色々あるんだ、いろいろな。


ここで突っ込まれてはこのSSの進行上、
大きな問題が生まれてしまう。

さて、どうやって誤魔化すか・・・


ジリリリリ、ジリリリリ


都合良いことこの上ないことに、
俺の携帯電話が鳴り響いた。

ハルヒに「電話だ、電話」とでも言うように、
手を振って大人しくするように促す。


まぁ、ハルヒもさすがに電話を奪うような暴挙はしな・・・

「くーちゃん、電話を取って『バカめ!』って言ってやりなさい!!」

おい、マジか。
そんな事しなくて良いぞ、と俺は言おうとした。

・・・が、俺の反応よりも九曜の反応は格段に早かった。


「バカめ、デス」


ウォイッ!!
何時の間に取られたかも解らない携帯電話を九曜の手から毟り取って、
電話口に耳を当てる。


ツーツーツーツー


こら、とハルヒに非難を込めた目線を向けてやる。

さすがのハルヒも度肝を抜かれたのか、
目が泳いでやがる。

九曜は何が起こったのか解らないのか、
きょとんとした表情だな。


・・・というか、そもそも誰からだったんだ?


これが親からだったら、ある意味最悪かもしれんな。
そうしたら、ハルヒにここの代金を請求してやることにしよう。

そう思いながらも、恐る恐る履歴をチェックしてみると、


発信者 「 谷口 」


・・・ま、いいか。

「キョ、キョン?
そ、そのー」

ハルヒが珍しくも殊勝な声色で話しかけてくる。
周囲を見ると、古泉や朝比奈さんも『許してやってやれ』
みたいな視線を投げかけてやがる。


俺は、はぁーーー、とこれ見よがしなため息を吐いて見せてから、

気にすんな。

と言ってやった。
それから、九曜にもバカ丁寧に説明してやる。


朝比奈さんは気が緩んだのか、
ふにゃっ、という形容がいかにも似合いそうな笑顔で、

「くすくす、キョン君。
まるでお父さんみたいですね」

なんて仰ってますが、それはプロポーズと取ってよろしいんですか?
もちろん、オーケーですよ。


「うっさい、黙れキョン」

・・・コイツはついさっきまで落ち込んでいたと思ったら、
もう憎まれ口か。

「アンタが変な妄想してるからでしょうが!?」

ハルヒが犬歯をむき出しにしてがるるっ、と唸りを上げる。
というか、人の心を読むな。

「あ、あのー、喧嘩しないでくだひゃぁいっ」

「収集が着かなくなってきましたね」

「問題ない。
・・・いつものこと」

そこの2人。
会話に参加しろ、と言うかハルヒを止めろ。


古泉はふぅ、と芝居がかったため息を吐いてから、

「それで今日はどのように探索される予定なのでしょうか?」

とハルヒにようやく尋ねてくれた。
それでハルヒはようやく今日の趣旨を思い出したのか、

「そうね、キョンをいじめてる場合じゃなかったわ」

ころっと態度を一変させて、
隣に居る九曜をぎゅっと抱きしめながら、

「今日は全員で廻りましょ?
ゲストもいることだしね。」

と、のたまいやがった。


やる事が決まってからの行動が迅速なのはいつもの事だ。

残っていたケーキを一口でパクリと食べ、
同じく残っていた紅茶をぐいっと飲み干したハルヒは、
俺に伝票を押し付けて意気揚々と店を飛び出していった。

今日も何も起こらんといいがな、
コイツも俺の切実な希望の1つだ。


結論を言ってしまうと、
それからの不思議探索ツアーで何か進展があったかといえば、
何も無かったことだけを記しておく。

まぁ、楽しんだのだけは・・・・吝かでもないが。




その日の夜のことだ。

外側より内部の方が不思議一杯なSOS団の面々と別れた俺は、
まっすぐ家に帰ってきた。

九曜は自転車の後ろに乗ってきたところまでは覚えているんだが、
家に着いたときには消えていた。
今更驚くべきことでもない。
とは言え、一言ぐらいはあっても良いと思うんだが。


あの幽玄な感じの宇宙人が、
「またね」
とか言っている姿を想像するとえらくシュールだがな。

それにしても、ハルヒのヤツは余計なことを吹き込んでないだろうな。

是非とも九曜にはアイツを反面教師として、
立派な宇宙人?になってもらいたいもんだ・・・

「キョン君っ!
お風呂、沸いたよぉーっ!」

妹の声が狭い我が家に響きわたる。
それじゃあ、ほいほい、と風呂に入ってくるとしますかね。

ああ、ちなみに風呂シーンはカットさせていただく。
俺には自分の入浴を公開する趣味はないんだ。





月曜だ。

風呂どころか、土曜日の夜から日曜日まで越えて次の場面に飛んでしまったな。

どちらにしろ、日曜日は家で惰眠を貪っていたのみなので、
構いやしないのだが。


休日らしい休日を満喫した俺が足取りも軽く2年5組の教室に入っていくと、
自分の席から少し離れた座席に座る見慣れたソイツに声を掛けた。

「よお。
土曜はスマンかったな。
悪いのは皆ハルヒなんだ」

ハルヒに責任を全て押し付けて、
・・・まぁ、間違っちゃいないしな、
土曜日の発信主に謝罪の意を見せてみた。


谷口は何やら名簿らしきものを眺めていたが、
俺の挨拶に気付くと頭を上げて、

「気にしなくていいぜ。
あんなこと言いそうなヤツは涼宮ぐらいしかいないし、
そもそもどう足掻いても女声でキョンの声じゃなかったしな。」

・・・確かに俺が電話に出たとは普通考えんな。

「まぁ、切られた当初はそれでも少々ムカつきはしたがな。
よくよく考えてみたら、せっかくの休日に涼宮に呼び出されたりでもしたら、
その方が厄介なことに気付いてな。」

それはそうかもしれん。
それでも俺はもう一度だけ、スマン、と謝ってから、
自分の席に戻ろうとして、


谷口に呼び止められた。


「そんなことよりもな。
下級生見に行こうぜ、下級生!」

はぁ?
なんだ、いきなり?

「Aランク以上の逸材が1年に居るって噂を聞いてな。
キョンが反省してるんなら、
ついてきてくれるだろ?」

・・・まぁ安いもんか。
俺はこれ見よがしにため息を吐いてみせてから、

分かったよ。

といかにもウンザリした感じの声で答えてやった。


1年の教室が並ぶ廊下に入ると、
心なしかフレッシュな雰囲気が感じられるな。

俺も1年の春はこんな感じだったっけ?
と首を傾げながらも、先を行く谷口の背中を追う。


−と。


目的の教室に着いたのか、
谷口の歩みが止まった。

授業中でない今は扉が開け放たれているため、
教室内を覗くのは容易だ。

しかも、ここは元自分のクラスの教室だ。
違和感や罪悪感を感じることも無く、ひょい、と覗き込んで見る。


・・
・・・顔を顰めて、
おいおい、と呟く。

隣では谷口が
「Aランクってところか?
磨けばAランクプラスも狙えそうだが・・・」

とぶつぶつ言ってるが、
俺の耳はそんな戯言を脳に留めることをしなかった。

そんなことよりも驚くべきことがあったのだ。

まだ懐かしいとも言えない。
1月ほどしか経ってない俺のクラスの、俺の席に、
長い黒髪を、海老のような形にまとめた女が座っていた。

強烈なまでのインパクトを醸し出し、
其処に座っていたのは、

『周防九曜』

だったのだ。


俺がもう一度、おいおい、と呟こうとしたが、
それはチャイムに遮られた。

・・・チャイム?

くそ、九曜のことは気になるが、
それよりも目先の授業だな。

おい、谷口、行くぞ。

と俺は一方的に声を上げ、
新たな悩みを1つ抱えながらも古巣を後にしたのだった。


放課後になると、俺のクラスのみならず他のクラスまで、
『周防九曜』の噂が席巻していた。

上級生ってヤツは、目立つ下級生がいるとなると、
過剰反応しすぎなんじゃないだろうか?

俺がぼんやりとそんなことを思いながら、
どうしたものかとこれからの対応を考えていた。

「ん〜、おっかしいわね〜?」

俺の前の席に座るハルヒも、とんとん、
とシャーペンの頭で自分の額を押しながら悩んでやがった。

「キョン、私さぁ、
新学期になってからはずっと、
下級生をチェックしてきたつもりだったんだけど。
今、噂になっているような子、いたっけ?」

俺に聞くな。
というか、現に噂になっている以上いたんだろうよ。

内心、今日から通っている可能性が高いような気もするが・・・、
と思いつつもそんな風に言ってやる。

「そりゃそうよねぇ。
見落としちゃったのかしら?」

ハルヒは尚も首を捻っていたが、
やおら立ち上がると、まだ座っていた俺の襟首を引っつかんだ!

「ま、悩んでてもしょうがないしっ!
見に行きましょ!!」

有無を言わせぬ口調で言うと、
ムリヤリ立たせた俺に悪びれることもなく歩き出したのだった。


「へ?
・・・あれ?」


ハルヒはきょとん、とした顔を俺に向けた。
その問題の教室だ。
無論、俺が朝訪れたのと同じ場所なのだが。

そこには相変わらず、
教室に根っこを生やしたかのように座席に腰掛けたソイツの姿があった。

ああ、アイツが噂になってる奴だろうよ。

と簡潔に答えてやった。


ハルヒは俺の答えを聞いて我に返ったのか、

「キョン、確保っ!」

などと言いながら、自分もずかずかと下級生の教室に乗り込んでソイツ、
いや九曜の右手を抱え込んだ。

俺もやれやれと、首を振って見せてから九曜の左手を抱え込む。
そしてそのままハルヒはダッシュだ!?

俺は九曜に説明をする暇も無く、
九曜も九曜で何も発することも無く、
廊下を駆け回ることと相成った。


ゴールは突然だ。


ゴールは、当然、我らがSOS団の部室だった。
ハルヒは息を切らせた様子もない自身と九曜とは対照的な状態の俺を、
情けないわねー、とでも言いたげな視線で一瞥した後、

がらり、と扉を開け放った!

「あ、涼宮さぁん!
キョン君もっ!」

そんな俺たちを出迎えたのは、
困った顔を浮かべた朝比奈さんのお姿だった。
珍しくも、制服姿に身を包み、
俺たちと後ろとを伺うように何度も繰り返し頭を振っている。

朝比奈さん、そんなにぐるぐるしていると、目が回りますよ?

まだあまり体力が回復していない俺は、
心の中で朝比奈さんに注意を入れてやる。


ハルヒもそうだと思うが、
俺も朝比奈さんに遮られて中の様子なんて見えやしない。
・・・何か問題でも起こったのだろうか?

古泉が朝比奈さんのメイド服を奪って着ているとかか?
もしそうなら今すぐ教えてくれ。
Uターンするから。

「ど、どうしたのよ、みくるちゃんっ?」

ハルヒは朝比奈さんの両肩を掴んで横に、
すす、と動かして中を確認して、
それからピシリと固まった。


ハルヒの肩越しに俺が覗き込んだ風景は、
ある意味、
ハルヒを固まらせるだけに充分なポテンシャルを秘めていた。

即ち、そこには10名ほどの新1年生がひしめいていたのだ。

ハルヒは驚きのあまりフリーズしてしまったようだし、
俺も正直ビックリだ。

俺は、誰とも唱和することのないだろう、
いつもの台詞を口ずさもうと・・・

「やれやれ、デス」

・・・俺のさらに後ろに居た九曜に先に言われたんだが。


それでもハルヒは直ぐに立ち直ると、
じろじろと不躾な視線で新入生たちを観察し始めた。

新入生たちの困惑の視線が伝わってきそうだぜ。
何しろ、自己紹介もなにもかもないまま、突然針のむしろだ。

コレだけで明日、こいつらが来る確立は激減しただろうなと思う。

とは言え、それでもわざわざこんな辺鄙な団に顔を出すような連中だ。
少しは残るかもしれんが。


が、そんな俺の想像はあっさりと、団長によって否定された。

「うん、あんたら帰っていいわ」

は?

「残念ながら我が団のホープはもうこの娘に決まってるの!」

と、ずずいと俺の後ろに引っ込んでいた九曜を引きずり出した。

・・・おいおい。


「SOS団は少数精鋭よっ!
あんたたちももっと自分を磨いてからいらっしゃいっ!?」

言いたい意味は分からん。
が、新入生諸君たちには、
この団に関わってはいけない、
という至極当たり前な事実は伝わったらしい。

皆、一様に

『うわ、ダメだコイツ・・・誰か早くなんとかしないと・・・』

といった感じの表情を浮かべていた。
その気持ちは分からんでもない。

さらば、まともな後輩たちよ、フォーエバー。


とにかく、ハルヒは本気でせっかく来て頂いた下級生を追い出すと、
どっかりと、団長の椅子に座り込んだ。


おい、ハルヒ、アレで良かったのか?


一応聞いておくことにする。
アレではもう新入生がSOS団へ訪れることはないだろうからな。

先輩としては新入生が道を踏み外すことが無く喜ばしいのだが、
個人としては先輩面出来んのも些か残念だという想いもある。

「いいのよ、
どうせなら今までSOS団になかったカラーが欲しいしね」

どうやらコイツはマジらしいな。

が、一つだけ心の中で言っておこう。
九曜は長門と被っている気がするが、どうか。


そんな俺の心のつぶやきに気付くことも無く、
ハルヒはまだ俺のすぐ傍にいた九曜をちょいちょいと手招きして、
自分の傍まで誘導する。


今日も九曜はハルヒのおもちゃになりそうだな。
ま、余計なことを吹き込まなければ構わんが。

俺は古泉に何か卓上ゲームでするか、と持ちかける。

・・・?
古泉?

「・・・すいません、少々考え事をしていまして」

しばらく反応の無かった古泉が、
慌てた様子で俺の方を振り向いた。
恐らくは九曜のことだろう。

俺と違って古泉の立場だと、
宇宙人の勢力が大きくなることに懸念を覚えたりするのかもしれんな。

そう結論した俺は、改めて九曜に目を向ける。


「いい、くーちゃん。
SOS団は団長の号令の下、あらゆる行動に制限がないわ。
だから、性悪な生徒会を名乗る奴らが何か言ってきても気にすることないのよっ!」

・・・滅茶苦茶言ってやがる。


そんな、ハルヒが『私ルール』を九曜に語っている最中に、

「失礼する」

という声が割り込んだ。

都合よくと言うべきだろうか?
こんなときに限ってやってくるのだから、
生徒会という奴らは相変わらず場を読めていない。

・・・いや、これは出来レースなのだから、
逆に『場を読んでいる』んだろうな。
仕事熱心でご苦労なこった。

そして、いつものように横で聞いているこっちでさえ辟易とするような、
ねちっこい批判と文芸部の現状報告を求めてきやがった。


「気にしないっ!」


だが、そんな生徒会長の言葉を、
ハルヒは一言で切って捨てた。

というか、先ほどの言を実行したのだろう。
アホだこいつ。


ぴくり、と会長の頬が歪んだような気がしたが、
なんとか自分の役割を思い出したのだろう。

くるりと後ろを振り向きながら、

「どうやら、理知的な会話は望むまでもないようだな。
失礼する」

なんて捨て台詞を残して部屋を去ろうとした。


が。

「喜緑君?」

喜緑さんの視線がさっきからずっと、
九曜に向けられていることにようやく気付いたのだろう。

「いえ、なんでもありませんわ。
新入生さんですか?
可愛らしいですね。」

喜緑さんは淀みなくそう言ったかと思うと、
早々に会長の後ろに控えた。
だが、俺は確かに、九曜から会長へと視線が移るその瞬間、
長門の方へと視線が動いたのを見た。

・・・なんだ?
俺の中で、何か不安が生まれる。
全く、勘弁してほしいぜ。

古泉ならともかく、
宇宙人たちの理解できない行動は俺の寿命を縮めかねん。


だが、もう一波乱が起こることは無く、
会長と喜緑さんが出て行った。

「今日はなんだか疲れちゃったから解散にしましょ!」

なんて、ハルヒの一言でそのまま今日の活動は終わりを告げた。
俺は、なんだかんだで驚きの連続だった今日という一日が終わることに、
ほっとため息を吐いた。

なるほど、確かに疲れてるな。



ところが、やはりと言うべきか、
もう一波乱は起こったのだ。

俺たちが集団下校を終え、
バラバラに分かれた後から、

「部室に集合」

という簡潔なメールが届いたからだ。
差出人が長門なところが余計にイヤな予感を際立たせるぜ。


とにかく、長門のメールであれば無視するわけにもいかん。

俺は再び坂道をのぼらなけりゃいけないことに、
嫌気を覚えながらも、180度方向転換するのだった。


教室に着いてみると、
そこには当たり前のように長門と古泉が待っていた。

俺が、何の集まりだ?
などと言う疑問符を浮かべる前に、

「周防九曜は天蓋領域が派遣したヒューマノイドインターフェイス」

長門の言葉が響いた。

「情報統合思念体は宇宙に拡散する、
広域情報意識であると推定される彼らを、
天蓋領域と暫定的に名付けることにした。
それは我々から見て天頂方向より来た。
我々と言語的コンタクト可能なインターフェイスが姿を現した理由は、
彼らは涼宮ハルヒの情報改変技能に感心を持っており、
物理的接触が必要とされたためと考えられる」

抑揚のない声が続く。

何だか良く分からんが、つまりは・・・、何だ?
九曜は敵だと言う事か?

思わず口を挟んだ俺に、長門が視線を向ける。
が、俺に向けてリアクションが返される前に、
その姿が掻き消えた!

お、おいっ!?
驚く暇も無い。

同時に、世界から色が失せていた。


「閉鎖・・・空間っ!?」


古泉の慌てた声がすぐ隣から聞こえた。

俺たちは・・・閉じ込められたのか?
お前にか、九曜?

(続く)