「おはよっ、プロデューサー!昨日は災難だったみたいだけど、今日はなんと言ってもこの、とってもとーっても可愛い伊織ちゃんと一緒に仕事が出来るんだから、幸運な一日に間違いないわよっ。アンタも私の可憐でプリティな顔を見て、キュートで可愛すぎる声を聞いたら元気でてきたでしょ、にひひっ!」
はぁはぁ、と息を切らせながらもオフィスに駆け込むなり、早口で捲くし立てた少女がワクワクしながら返答を待っている。彼女の名は水瀬 伊織という765プロに所属するアイドルの1人だ。今日は思うところあって、久方ぶりに遅刻せずに到着したりしたのだった。
・
・・
・・・あれ?
伊織が先ほどの勢いから反転、きょとんとして辺りを見渡す。いつもなら、すぐに返ってくるはずの挨拶がなかった。それどころか、あの代わり映えのしない安っぽいスーツ姿のプロデューサーの出迎えの姿さえもない。その代わりに、765プロダクションの看板?事務員、音無 小鳥が呆気に取られた感じの表情で伊織の前に立ち尽くしていたりした。伊織もその光景に少しだけ呆然と立ち尽くす。
ど、どうしてアイツ、居ないのよっ!
いおりん心の閻魔帳に『9月8日、プロデューサー遅刻。私に恥をかかせた。この恨みは頭なでなで10回、じゃなくてっ!ムチ打ち10回はしてあげないと割りにあわない』と記しておく。
が、そんな内心とは裏腹に、鍛えられた彼女の外面という名の猫かぶりは居住まいを正し、愛想よく小鳥に状況説明を求めていたりした。
「ごめんなさい、小鳥さん。プロデューサーが大変なことになったって聞いていたものだから、少々取り乱してしまって」
「おはようございます、伊織ちゃん。プロデューサーなら、昨日冷水のプールに落ちてしまったせいか、風邪を引いてしまったらしくて・・・。今日は、お休みしてもらったの」
「えっ?」
ついつい取り繕うことを忘れた伊織の表情がぐるぐると目まぐるしく変化する。
大丈夫なのかな、と心配気な表情。
こんなに心配させて、と澄ました表情。
私がついていないとダメダメなんだから、と怒った表情。
そうだ!と何かを思いついたのか、可愛らしい笑顔。
それを見た小鳥は、魅力溢れる伊織の素の表情に思わず苦笑する。
全く、プロデューサーさんのことになると、お仕事よりよっぽどいい顔するんだもんなぁ・・・。ほんと、社長じゃないですけど、仲良きことは美しきかな、ですね。
「まったく、アイツも根性が足りないから風邪なんて引くのよね!」
取りあえず売れっ子アイドルをいつまでも立たせておくわけにも行かないと判断した私は、休憩室へと案内した伊織ちゃんに少し付き合うことにした。本当なら今日の予定だったレッスン自体お休みにしたのだから、伊織ちゃんを帰してしまって構わないはずなんだけど・・・、生憎と何か聞きたいことがあるらしい。
そのくせ、私に聞くのは恥ずかしいのか、ちらちらとこちらを伺うばかりで、何も言ってはくれなかったりする。で、手持ち無沙汰だったりした私はお茶を出すことにしたのだった。
「まぁ、番組収録自体も中止になっちゃいましたから。春香ちゃん達も1週間の謹慎処分ですし、プロデューサーも心労掛かったんでしょうねぇ」
「・・・そ、そんな事態になってたの?」
そこまでは聞いてなかったらしく、さすがの伊織ちゃんでも驚きの表情だ。まぁ、その気持ちは分からないでもないだろう。天下のSランクアイドルが謹慎にまでなっちゃうって、一体どんな無茶したんでしょうねぇ、後で社長に聞いたら教えてくれるかしら・・・。
「それでも、今日もプロデューサーは来るって言ってたんですけど、こちらから無理言ってお休みにしてもらったんですよ」
「へぇ、そうなの」
気のない素振りで返事を返すが、声が上滑りだ。来るって言っていたのが嬉しいらしい。プロデューサー、私の細かいフォローに感謝して下さいねー?
というか、あれ?
「伊織ちゃん、その辺りのことって雪歩ちゃんから連絡なかった?」
765プロからは伊織ちゃんのユニットパートナーである萩原 雪歩ちゃんに連絡して、伊織ちゃんへの連絡は彼女に任せたりしてしまったのだが。
もしかしなくても、連絡いってないのみたいね・・・。
そこまで考えてから、しまった、と思う。いいトコのお嬢様とは思えないほど猪突猛進なところのある伊織ちゃんにそんなことを言っては・・・!
「雪歩のヤツ、どういうつもりなのよっ!」
案の定、プリプリと怒り出してしまった。多分、雪歩ちゃんの事だから気が動転して忘れてしまっただけだと、私は思うけど・・・。
とは言え、あまり伊織ちゃんの扱いには自信がないし、これは何か餌を与えないと収まりつかないかも、と考える。餌、えさ、エサ・・・、あ、と1つ思い当たる。この際、プロデューサーには尊い犠牲になってもらいましょう、と心の中で合掌。
「それもそうなんだけど、伊織ちゃん。1つだけ頼まれてもらってもいいかしら?」
ガルル、といった擬音が良く似合う感じの伊織ちゃんにとっておきのエサをぶらさげる。
「この書類をプロデューサーに届けてもらってもいいですか?」
「はい?」
効果は抜群だった。
伊織ちゃんは神速で書類を奪い取り、それからじっとこちらを見つめてくる。目は口ほどにモノを言うというが、なるほど。つまりプロデューサーの家を早く教えろって言っているようだ。となれば話は早い、早速教えてあげることにする。
「にひひっ、たまには庶民の暮らしも見てみないとねっ!」
いや、ホント嬉しそう。これは私良いことをしてしまいましたね!良かった良かった。
だが、私はすっかり忘れていた。雪歩ちゃんに電話したとき、プロデューサーが倒れたのは何故か自分のせいだと言い張る雪歩ちゃんをどう言って説得したのかを、だ。
確か・・・、
「だったら、プロデューサーの看病でもしてみます?家を教えてあげますから」
だったような。ということは、・・・2人が鉢合わせするわけね、きっと。あはは・・・、取りあえずプロデューサーには、今度VIP来客用のとっておきの茶葉でお茶を入れてご機嫌をとることにしよう。うん、そうしておこう。
彼がそのときまで生きていれば、の話だけど。
THEiDOLM@STER SS だいしょうり画策ちう!
「いい国作ろうぞうすいさーんっ♪
鳴くようぐいすぞうすいさーんっ♪
たっまご、たまご、とりのにくーっ♪」
なんだかよく分からないが、へんてこな割にどこか既視感を感じさせる歌が我が家の台所から聞こえてきていた。なんとなく、雪歩が『必殺雑炊』などと言い出したりしないかは心配だが、まぁ手際もよさそうだし、味も酷いことにはなりはしないだろう。調理にかかる前に2,3ほど料理の質問してみたりしたが、よどみなく答えていたし。
・・・それにしても、雪歩がいきなり家にやって来た時はびっくりしたが、正直言うと一人暮らしの風邪っぴきの身には、誰かが傍に居るだけでありがたかったりするんだよなぁ。
「プロデューサー?後は少しだけ煮込んだら完成ですから、もうちょっとだけ待っててくださいねー」
こちらにひょっこりと顔を出した楽しげな雪歩の声が耳に心地よい。台所に戻ろうと雪歩が身体を翻すとと水色のフリル付きエプロンがちらりと垣間見えたりして、眼にも心地よいぞ。
しかし、やっぱり考えこんでしまうとヤバイかなぁ、と思ったりする。何しろ突然雪歩が家を訪ねてきたときには、1人暮らしの男の家にアイドルを連れ込ませるなんて、と小鳥さんの軽率な提案に困惑したものだったし。とは言え、かなり手馴れた動作で家事とか看病をこなす雪歩を見ていると、もうそんな些細な事は放置してグッジョブ小鳥さん!と言わざるをえない。まぁ、結論としては、これは無理やり帰すなんてしなくて正解だったようだ。
とは言え、現役バリバリの売れっ子アイドルに看病だけでなく、掃除に洗濯、炊事までさせちゃったというのは問題だ。雪歩ファンが、というか雪歩のお父さんに聞かれたりしたら、ぶすっと刺されたり、・・・埋められたり、沈められたりしそうだ。
風邪のせいではなく、急激に身体の芯が冷えこんで全身がぶるっと震えた。
「出来ました〜」
お盆に雑炊と漬物、水差しを載せた雪歩が部屋に入ってくる。無論、1人暮らしの我が家に自炊用の上等なアイテムがあるわけもなく、材料から器まで全部雪歩がわざわざ自宅から持ってきてくれたものだ。非力な雪歩には大変だったろうな、とひーひー言いながら荷物を抱えて歩く雪歩を想像して頬が緩む。
雪歩はお盆をベッドの脇の机にことんと置いてから、自分もベッドの横にあった椅子に座り込んだ。それから、よしっ、といった感じの握りこぶしを作る。
「・・・ん?
雪歩、ちょっと遠いぞ?そこだと届かないんだが?」
俺が身体を起こしても、そこではお盆に手が届かない。だが、雪歩はぷるぷると震える自分の握りこぶしを見つめるだけで、こちらの質問には答えてはくれなかった。
それどころか、
「大丈夫、私出来るから。ここは舞台、ここは舞台・・・」
ぶつぶつと呟いている。
・・・なんか嫌な予感がするな。
「ぷ、ぷぷぷぷ、プロデューサーっ?」
ずずいっ、とお盆ではなく、顔を近づける雪歩の言葉にさらに嫌な予感が広がる。
「私が食べさせてあげますっ!」
的中した。
「ううっ、とっても迷惑そうな顔してますぅ。やっぱり私なんかじゃ、そんなことされても嬉しくないですよね・・・。穴掘って埋まってます〜」
そう言って、雑炊を掬おうとしていたスプーンでウチのフローリングを掘ろうと試みる雪歩。いかんいかん、顔に出ていたか。
・・・というか、別に嫌なわけではないんだが。昨日のアレがトラウマになってるのかなぁ。
「ああ、雪歩?別に嫌な訳ではないから、むしろ嬉しいぞ?ほら、埋まるな埋まるな」
「ほ、本当ですかぁ?」
プルプルと震えながら、涙目でこちらを上目遣いに見つめてくる雪歩。いつも思うが、雪歩はこんなんで良くアイドルなんてやってられるなぁ・・・。
「ああ、でもなんだか雪歩にそれをしてもらうと、とても嫌な予感がするんだ・・・、凄まじい災厄に巻き込まれそうというか、人災に巻き込まれそうというか、具体的には雪歩のお父さんが乗り込んでくるんじゃないかとかな・・・」
「へ?・・・ふふふっ、そんなわけ無いじゃないですか?」
そう言ってころころと笑い出した雪歩を見ると、思い過ごしかなぁと思えてしまう俺がいる。ああ、流されているぞ俺。しっかりしろ、俺。昨日の反省を生かすのは今、この場面しかないっ!
「あーん?」
脊髄反射のようにぱくりと、
・・・すいません、撃沈されました。
いや、反則だろ!雪歩がフリルエプロンで『あーん』だぞっ?こ、これはいかに強固な精神力を持つ俺といえど、抗えないな。
・・・ほ、ホントに強固だよ?
だが、もう一度食べちゃえば、二度目も三度目も一緒だ。自分でも良く分からん自己完結をして、雪歩に手ずから食べさせてもらうことに違和感を感じなくなっていた。風邪引きの身にはちょっと濃い目に調整した味が身に染みるなぁ・・・。
実は昨日の事後処理もあって全然ご飯を食べていなかった俺は、あっという間に雪歩の雑炊を食べつくそうとしていた。旨いとか感想を何にも言わず黙々と食べ続ける俺に、雪歩はニコニコと微笑みながらひたすらふーふーと食べやすい温度にして雑炊を差し出してくれた。
「プロデューサー?結構お雑炊作ったつもりだったんですけど、もう無くちゃいましたぁ。お代わりいりますか?」
そう言いながら、最後の一口を差し出す雪歩はどこかびっくりした表情だ。まぁ、確かに2人前はあったからなぁ。食の細い雪歩には驚きの食欲なのだろう。
「いや、もう大丈夫。というか美味しかったから、食べ過ぎたなこりゃ」
俺は苦笑しながら返事をする。雪歩もそんな俺にくすくすと笑い返してくれた。
最後の一口を頂こうと、差し出されたれんげに食いつこうとして、ふと思う。あー、嫌な予感なんて感じてたのが馬鹿らしくなるぐらい平和だなぁ。ちょいと神経過敏だったかも・・・
「プロデューサー!この可愛い可愛い伊織ちゃんがお見舞いに来てあげたわよーっ!存分に喜びなさーいっ!」
突然部屋のドアが開き放たれて、そこには伊織がばーんっ、てな効果音つきで仁王立ちしていた。
・・・残念ながらこれが現実か。というかせめてチャイムを鳴らそう、伊織よ。
「で、何よこれ?」
突然、という表現がこれ以上似合う登場の仕方もないだろう、と言うぐらい唐突にやって来た伊織による尋問が始まった。俺は何故か地面の上で正座させられてるし、雪歩も俺の隣で正座中だ。伊織はベッドで仁王立ちしていて威厳を出しているつもりだろうが、残念ながらパンツ丸出しでは威厳は0だ。ていうか、伊織、お見舞いにきてくれたんならせめて俺を病人として扱ってくれ・・・。
「何?プロデューサー、そのアンタの方が被害者ですっ、って顔は」
そんなことを考えていたら、ぎろり、と伊織に睨まれた。きっとここで、いや伊織のデコが室内灯の光で反射して、とか、伊織のパンツ見るのに忙しくて、などと言ったら俺が明日の朝日を見ることはないだろうことは、想像に難くないと思ったり思わなかったりするんだが、というかデコのこと考えていたらホントにまぶしく感じるようになってきたぞ。ああ、眩しいなぁ、伊織の白いパンツ・・・っていうかこんなことを考えている場合じゃないって!
落ち着け、落ち着け俺。
「ちょっと待て、伊織。その前にお前、どうしてここに?」
すまん、まだちょっとテンパってるな俺。
「小鳥にアンタに書類届けてこいって頼まれたのよ!」
そう言って、びしっと書類を突きつける伊織。
・・・小鳥さん、貴方は俺に何か恨みでもあるんでしょうか?もしかしたら、この前アイドル衣装を着込んでポーズ取ってたのを見てしまった報復かもしれん。いや、あの衣装と中身の成熟度のコントラストが青年の何かを刺激したりして、まぁ、何が言いたいのかというとかなり似合ってたんだけどなぁ・・・。
「アンタ、何考えてんのよっ!」
どがっ、と伊織に蹴飛ばされる。
「プロデューサー、不潔ですぅ」
待て、雪歩、何でそんなフナムシを見るような眼で見るんだ?
「声に出てたわよ・・・」
伊織の冷たい声と、それに対してコクコクと頷く雪歩。そんな前世紀のギャルゲの主人公みたいな真似をしていたとは・・・、今後は気をつけよう。だがまぁ、結果的に伊織の矛先がずれたから良しとする。
俺、ポジティブだなぁ。ま、そんな日もあるさ、昨日もそうだったけど、明日こそ違うさ♪
「伊織、ソレ見せてくれ」
アホなことを考えながらも、伊織の気勢が削がれた機を無駄にしまいと真面目な声でそう言って、伊織から書類を受け取る。さすがに仕事の話となれば、先ほどのような馬鹿騒ぎが通じないぐらいには、伊織もこの世界のことを分かっている。よしよし、これは良い機転だ。
えーと、ああ、春香たちの不祥事に対する始末書かぁ・・・。うぅ、よりによって休みにしておいてどん底に落としてくれなくても・・・。これ、俺に対する謹慎処分だったのか・・・?
それから、付箋が付いてるみたいだな。何々、報告はアイツラが出てくる来週で良いのか。
ということは、この書類自体今日届ける意味はない訳だ。きっと、伊織を事務所から追い出すためのエサに使われたんだろう。アイドルたちの扱いに困ると俺に押し付ける社風はどうにかして欲しいと思いますよ、社長・・・。
一通り、俺が書類に眼を通し終える頃、
「ああああああっ!すっ、すいませんっ、伊織ちゃんっ!」
素っ頓狂な声が響いた。それまで沈黙を守ってきた雪歩だが、何かを思い出したらしい。
「雪歩、何だ突然?」
「い、いえあの、その、あの・・・」
座り込みながら、あたふたと腕をふって慌てる雪歩の剣幕に、怒っていたはずの伊織までがその感情を引っ込めてしまったようだ。
「な、何?どうしたのよぅ、雪歩ぉ」
おっかなびっくり、雪歩に何があったのか聞きだそうとする伊織は、正に友達を心配する女の子の図だ。共に末っ子気質のある2人だったが、こうしてユニットを組んでみると年下の伊織が逆にお姉さん的な役割だなぁ。
「ううっ、ぐすっ、・・・くすん」
「ほらほら、私もう怒ってないから泣き止んで、ね?」
ていうか、雪歩。情けないぞ・・・。
「わ、私、伊織ちゃんにプロデューサーのこと、伝えるように頼まれてたのに、す、すっかり忘れてて・・・。伊織ちゃん、怒って当然だよね。ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
・・・なるほど、それで忘れ去られた伊織のこの剣幕か。だが、まぁ・・・、これが春香だったらアレだが、雪歩なら素で動転して忘れてたんだろう。
いや、今の泣きっぷりが演技なら、もう俺は女性を一生信じることが出来ません。
「何よ、それ。そんな泣かれたら、私がまるで悪者みたいじゃない・・・」
ぶすっと唇を尖らせる伊織の頬をつついてやると、ぷすっ、と空気が抜ける。こちらを睨んでくる伊織のバカみたいに柔らかい頬を続けてぷにぷにと押してやって手で諌めると、伊織はこちらの意図を汲み取ってくれたらしい。はぁ、と軽くため息を吐いて、分かったわよ、とでも言いたげに俺の手を叩いてどかした。
「雪歩、アンタがわざとじゃないことは分かったからもういいわよ。後の報復はコイツにするから」
そう言って俺を指差す伊織はもう怒ってはいないどころか、機嫌良さげですらある。俺、何か伊織のテンション上げるようなことしたか?
「う、うん、伊織ちゃん、ホントごめんね、ごめんね」
まぁ、雪歩が泣き止んでくれたから良しとするか。取りあえず、あのまま泣かれては最悪、警察に通報されたかもしれんしな、今のご時世だと。
「もう良いってば。それよりプロデューサー?寝てなくていいの?」
・・・お前が言うか。
だが、まぁ伊織もデビュー当時に比べると大分成長したんだなぁ。嬉しくなって、なでなでと軽く伊織の頭をなでてやる。
「子供扱いしないでよ」
ぶすっ、としながら嬉しそうな顔をする伊織はやっぱり子供かもしれないが、まぁ、そんな所が伊織の最大の魅力なんだろうって俺は思うぞ。
布団の中に戻ると、身体がやはり休憩を欲していたらしく、急に脱力感が襲ってきた。だが、それでもご飯を食べる前と比べるとかなりマシだ。・・・ただの栄養失調だった、とか言う訳じゃないよな?
「で、結局アンタはどうして風邪なんて引くはめになったのよ?私たちのレッスンを妨げたんだから、当然私たちは聞く権利あるわよね?」
そして、伊織が持ってきた何とかとかいう高級店のプリン、伊織曰く『プディングよ!』、を3人で食べていたら、伊織がそんなことを聞いてきた。
「あんまり、思い出したくないんだがなぁ・・・」
そんな風に言いながらも、ぽつぽつと昨日のことを語ってやった。
「そ、それでアンタは氷水のプールの中に落とされた挙句、しばらく放置されたってわけ?」
「さ、寒そうですぅ」
伊織は呆れたように、雪歩は心配そうに感想をもらした。ちなみに事実より控えめに喋っていたりする。さすがにあんなんが現実だとは、今でも信じられんし・・・。
「ああ、そうだよ」
取りあえず伊織の質問に憮然とした態度で答えておく。
「ふぅん・・・」
普段ならそんな風に喋ったりしたら、即効お怒りの言葉が降りかかるのだが、そんな予定調和な事態にはならなかった。伊織は俺の言葉を聞き流し、不意にちょっとだけ寂しそうな顔をして呟いた。
「・・・引退かぁ」
「私たちにも、あるんだよね・・・」
雪歩もしんみりとその言葉に続いた。
「でもさぁ」
伊織は不意に口調をがらりと変えて、
「アンタはどう考えているのよ?」
突然俺に話を振ってきた。
「おいおい、何だよ急に」
あの3人の中から俺の未来を選べってことか?
・・・ぶるっとしたぞ。
跪く俺か、
ケダモノさんと化した俺か、
ロボットに改造された俺・・・。
ごめん、それムリ。
「いやね、アンタの給与明細腹いせに見せてもらったんだけど、・・・今後の事とか、考えているのかなぁって」
って、何だそりゃ?
・・・どうして俺の給料からそんな話になるんだ。というか、我が社の俺に対する個人情報はどうなっているんだろうな、一体。
「だって、アンタお給料、私たちの10分の1以下よ?いっくら、私がAランクで売れっ娘だからって、そのプロデューサーのはずのアンタがたったアレだけって・・・」
「ええっ、そうなんですかっ?」
雪歩、そんな哀れみの眼で見ないでくれ。
「俺は固定給なんだから、しょうがないだろ。業績に応じて、そのうち上がっていく、・・・はずだ!」
ていうか、上がりますよね、社長?
「それでも、仕事に対してお給料少なすぎるわよっ!」
つまりは、なんだ。伊織は俺の仕事をそれだけ評価しているって訳か。伊織なりの気遣いだろう、多分。ちょっとだけ嬉しくなってしまう。
「少なくても、私なんかよりはよっぽど貰っていいはずですぅ」
・・・さすがにそれは過大評価だぞ、雪歩よ。Aランクアイドルより高給取りのプロデューサーはいないだろ。でもまぁ、そう言ってもらえるのも素直に嬉しい。
「だから、転職とかって考えてないのかなって?」
どうやらそれを切り出したかったらしい。つまり、俺が765プロをやめてしまわないか心配だったってことか?
「いや、なんだかんだ言って、まだまだ世間様の荒波の中で中途採用は厳しいからなぁ。社長がクソ怪しいあの会社でも、雇って貰えている限りはなんとか頑張っていくつもりだぞ?」
「じゃあさっ」
何かを企んでそうな笑みを浮かべた伊織に不安を覚える。碌でもないこと言い出さなけりゃいいが・・・。
「もし、アンタを欲しいって言ってる勤め先が有れば移るのかしら?」
「そりゃ、有れば検討するさ。あくまでも、そんな美味しい話がごろごろ転がっていれば、の話だけどな」
まぁ、そんな話があるわけはないな、常識的に考えて。
「にひひっ、じゃあアンタ、私の執事にしてあげるわよっ!お給料は2倍、ううん、アンタだったら3倍だしてもいいわよっ?その代わり、たーーっぷり、こき使ってあげるけどっ!」
全く何を言い出すか。伊織と四六時中付き合っていたら、こっちの身が持たん。
しかし、・・・3倍か。
いかん、心が揺れる。
「だ、だめーーーーーっ!
だったら、ウチでプロデューサー雇うもんっ!
お給料4倍出すからーっ?」
・・・ヲイヲイ。
さすがに伊織はともかく雪歩のウチにはそんなに余裕は・・・あるのかもしれんが、そもそも、俺なんか雇う必要はないだろ?
「大丈夫ですっ!ウチのお弟子さんたちを含めたスケジュール管理の人材が欲しいって話は聞いてますし、お給料も出せない分あったら、残りは私が補填しますからっ?」
俺はヒモか。
「まぁ、そんな思いつきで言われてもなぁ。冗談はほどほどにしてくれよ?」
「ごめんなさいねっ、にひひっ」
「ええっ!伊織ちゃん、冗談だったのっ?」
・・・そりゃそうだろ。
「ていうか雪歩、本気だったの?」
「あ、あうぅぅ」
伊織の突っ込みに、雪歩はクッションに頭から突っ込んで埋まってしまった。しかし、そんなに頭を突っ込むとお尻が持ち上がって、フリフリと・・・ごくり。
「雪歩のお尻を見るなっ!」
どがっ、と伊織に蹴られましたよ。
「あ、あうぅぅ」
おずおずと顔を上げて、その代わり両手でお尻を隠そうとする雪歩が微妙に後ずさりで後退していく。ああ、逃げるな逃げるな。
「まぁ、冗談は置いておいてだ」
「アンタが雪歩のお尻を見ていたのは冗談じゃないけどね?」
「置いておいてだ!」
「・・・はいはい、分かったわよ」
おざなりな感じだが、とにかく伊織からは同意を得ることに成功した。
「雪歩、額を冷やすシートを持ってきてくれないか?さっき風邪薬を出してもらった所と同じ箱に入ってるからさ」
「は、はぁーい」
どうやら自分のお尻を見られていた所まで冗談だったのだ、と結論付けた雪歩に仕事を頼み、完全に先ほどのことを頭から追い出してやろうと画策する。
・・・しかし、雪歩はあんなに騙されやすくて今後社会を渡っていけるのかなぁ。
「貸し一だからねっ、にひひっ」
こっちの娘っ子は別の意味で渡っていけるのか心配だけどな。
「持って来ました〜」
そう言ってプラプラと冷えシートを振ってみせる雪歩からモノを受け取って、裏面シールをぺりぺりと剥がす。
伊織のオデコ貼ってみたいなぁ、いやむしろココで貼らないなんて人としてどうだろう、などと沸々と余計な煩悩がわきあがる。だがまぁ、そんなこと言い出したら確実に、
『変態っ、ド変態、da変態っ!』
などと罵られることは間違いない。ただでさえ、先ほどの額という言葉でさえ、ピクリっ、と反応していたのだ、実は。十中八九確実に暴れる。・・・耐えろ、耐えるんだっ!俺はやれば出来るっ!
ぺた
「・・・プロデューサー?一応、一応だけど聞いてあげるわ。アンタが風邪を引いてるのよね?それで・・・」
伊織はふるふる、と震える指を自分の顔に向けた。
この後の展開が手に取るように分かるな・・・。
「どうして、私のオデコにくっ付けるのよーーーーっ!」
予想に違わず、がーっ、と怒鳴る伊織。ああっ、手が勝手にっ!どうせなら自分の意思でやりたかったっ!
こんなときは社長から授かった、
伊織の癇癪対応マニュアルその1231!
褒め殺しで対応せよ!
「はっはっは、似合いそうだなぁって。これ普通他人に貼るの難しいんだが、伊織には簡単に付けられたぞ、さすがだなぁ」
取りあえず褒めておく。わざわざ火に油を注ぐ必要もあるまい。
「ぷ、プロデューサー?それ・・・褒めてないですよ?」
「え、そう?まっさかぁ、そんなわけっ?」
「雪歩、正解っ!」
伊織の掛け声とともに、俺の顔目掛けてクッションがぽかり、とぶつけられる。
「全くっ、何すんのよっ!ホントにイイ年してガキなんだからっ」
そうプリプリと怒りながらも、新しいのを開けて俺の額にペタリと貼り付けてくれる。
「あ、ありがとな・・・」
貼り付ける時に、俺の顔のすぐ横を伊織の整った顔が通り過ぎた。ふわりと香る伊織の爽やかな香りが心地よい。
「体調悪いときぐらい殊勝にしなさいっての。私だって、そのぐらい弁えているわよ」
それでクッションを投げつける程度で抑えてくれたのか、普段だったら蹴りがとんでくるからなぁ。でも、伊織が今日来たときにやられたときは容赦無かった気が・・・って言うか、さっきも蹴られた気がする。
「私を構う分にはそのぐらいにしておいてあげるからさっ・・・」
「何か言ったか?」
伊織がぼそっ、と何かを呟いたようだったので、聞いてみたのだが、伊織はぶんぶんと手を振ってなんでもない、とアピールを返してきた。
「な、何でも無い、何でも無いわっ!」
声に出しても何でも無いとアピールしてきた。
「ま、まぁ、伊織がそこまで言うんなら別にいいんだが」
あまりの伊織の動転ぶりにさすがの俺でも引くわ。
俺が紆余曲折の末貼り付けたシールの冷たさを堪能していると、雪歩がぼそりと呟いた。
「伊織ちゃん、それ、外さないの?」
「へ?何が?」
きょとんとした顔を浮かべる伊織。・・・まさか、気付いてない、なんてことはないよな?
「だから、あの、・・・オデコの」
恐る恐る伊織のオデコを指差しながらの雪歩の指摘に、ぺた、と自分のオデコを触って確認する伊織。
違和感を感じたのか、オデコの周りをペタペタ。
・
・・
・・・
「あーーーーーーーーーーっ!」
伊織、大絶叫。
「ご、ごめんねっ!今、言っておかないとダメかなっ、って思って」
「雪歩、謝る必要はないぞ。お前が悪いんじゃないのは明白だ」
「・・・そうね。雪歩は!謝る必要はないわよね?じゃあ、謝る必要があるのは誰かしらっ?」
「きっと、妖怪冷え冷えさんの仕業だな。丁度良いサイズのオデコを見ると貼らずにはいられないという・・・」
「そりゃ、アンタだっ!」
今度こそ伊織の蹴りが飛んできた。布団に包まった身では防御も回避もままなりゃしないんですけどっ!
ばきっ!
「わ、弁えてるんじゃ無かったのか・・・」
ぴくぴく、と布団に突っ伏して震えながら呟く俺に、
「アンタこそ風邪引いているんなら、程度をわきまえなさいっ!」
伊織の怒鳴り声が聞こえる。・・・まぁ、確かに調子に乗ってしまったかもしれん。いかんな、これで体調崩して明日も休む訳にはいかん。
「もうちょっと、優しくしてくれてもいいじゃない・・・、雪歩には優しくするくせに」
ブツブツと伊織が呟いてるが、まぁ、丸聞こえなんだが。でもまぁ、そうかもしれないなぁ。伊織からかうと面白いからついついやってしまうけど、心配してわざわざ訪ねてきてくれた相手に失礼極まりなかったかもしれん。
・・・非常に今更かもしれんが。
「あー、伊織?」
「なによっ!」
態度は怒ってるが、声は泣き出しそうなかすれ声だ。
「すまんが、騒いだら喉痛くなってきてな。ソレ、喉に効くハーブティだろ?入れてもらってもいいか?」
そう言って、伊織が持ってきていた紅茶と思われる缶を指差す。以前に、伊織に教えてもらったことあったから間違いないだろう。
「な、何でアンタなんかに入れてあげないといけないのよっ!」
・・・じゃあ、なんのため持ってきたんだ?
「そんなこと言わずに頼むよ、伊織。前に入れてもらった時、すっごく喉がすっきりしたからさ」
「えっ?アンタ、あの時のこと覚えてるの?」
「そりゃ、忘れたりなんかしないさ、大事な伊織のことだからなぁ。伊織の喉のためにも、ちゃんと事務所に買って置いてあるんだぞ?」
「そっ、そうなんだ、へぇ〜、そうなんだっ♪」
立ち上がった伊織は
「アンタん家、ティーサーバーなんてないでしょっ?ちょっとぐらい味が悪くても私のせいじゃないんだからねっ!・・・全く、どうして私がこんなことなんてしてあげないといけないのかしらっ?とは言え、時には下僕を労ってあげることも必要よねぇ〜」
俺が口を挟む暇もないぐらいの勢いで捲くし立てて、そのまま台所に行ってしまった。
行ったか?良し、行ったな・・・今度こそ褒め殺し成功か?ふぅ、これで伊織の機嫌も直ってくれただろう。伊織のお茶が美味しいのはホントだし、そっちも期待しておくことにしますか。
手持ち無沙汰に感じながらも、また怒られても仕方ない。静かに伊織の入れる紅茶を待つことにした。
部屋の隅っこの方に何か暗い思念を感じる。
・・・俺には霊感なんてないはずなんだが、やけにはっきりと感じるんですけど!
「ぷろでゅーさー、伊織ちゃんばっかり、ずるいぃ」
・・・雪歩がイジケていた。
「おーい、なんでそんな部屋の隅っこにいるんだよ・・・」
大して広くも無い俺の部屋だから、別に隅っこという程でもなかったりするのだが、まぁ、そこはそれ。気分ってヤツだ。
「知らないですぅ」
ぷいっ、と顔ごとそむけて見せる雪歩。
「あー、あのな、雪歩のご飯も美味しかったぞ?」
何だかんだでまだ片付けていなかったお盆を指差して先ほどの感想を言っておく。そういえば、何にも言ってなかったしな。確かにわざわざ作ってくれた雪歩に悪いことしてしまったかもしれん。
「どーせ、私なんて伊織ちゃんのついでだもん、キープだもん」
「おいおい・・・」
「芋虫苛めてやる、えいえい」
はぁ、とため息を吐いて、雪歩を手招きしてやる。ていうか芋虫はさすがにいないだろ・・・。
「おいでおいで」
気分はムツ○ロウさんだ。噛み付きはしないが、埋められそうではあるし。・・・そんな動物いたっけかな?
「ほら、どうしたんだ、雪歩?芋虫さん苛めたら可哀相だろう」
ツツツと、近づいて来てくれたものの、まだ膨れっ面な雪歩が怯えないよう優しく声を掛ける。
「だぁって、あの、その・・・うぅ、ごめんなさぃ」
はて、何を言いたいのか?雪歩のことだからそんな無茶苦茶な要求を言ってきたりはしないと思うんだが・・・。
「だからですね・・・」
そう言ってちらちらと自分のバッグに目を向ける雪歩。ああ、そう言えばソレは雪歩の趣味だったなぁ・・・。
「伊織と一緒に、雪歩もお茶入れてくれないか?大したお茶っ葉なくて悪いけどさ」
そんな俺の頼みを聞いた途端、ぱぁっ、ってな感じで雪歩の顔が輝いた。
「はっ、はいっ。私、実は家から道具と茶葉持ってきてるんですよっ!えへへっ、とっておきなんですよっ?」
泣いたカラスがもう笑った、てな具合にえらく上機嫌にニコニコと喋る雪歩。俺もお茶を2杯飲んだ程度じゃどうってことないからかまわんしな。
しかし、どうして風邪で休まなくてはいけないはずの俺が一番気を使ってるのだろう・・・、いつも通りと言えば、まぁ、その通りなのだが。
「で、なんなのよこの状況は・・・」
確かに改めて見ると、ちょいと不思議な光景ではあるな。だけど・・・、
「いや、そこまで気にすることもないさ。」
「気にするわっ!何でお茶請けにお茶なのよっ!イギリス人もびっくりだわっ!」
「すっ、すいませんっ、わ、私、やっぱり余計なことしちゃいましたっ。あ、穴掘って埋まっておきます〜!」
「ほら、伊織。お前が文句ばっかり言うから雪歩が落ち込んじゃったじゃないか」
「わ、私のせいだっていうのっ?・・・ああ〜〜っ!もうっ、別に良いわよっ!」
伊織は湯のみをがしっ、と掴むとぐいっと呷った。それから目をパチクリとさせた。・・・熱かったか?
「あら美味しい」
「えっ、そ、そうっ?ありがと、伊織ちゃん!」
漫画か。まぁ、いい、俺もせっかくだし、貰おうかな。取りあえず伊織の入れてくれたハーブティーを手に取る。
「あっ」
「むっ」
なんか注目されてるんだが・・・、ま、この程度で怯んでいてはこの業界では生き残れない。具体的には胃が。
「おっ、やっぱり喉がスースーして気持ち良いな、このお茶は」
「そうでしょそうでしょ?」
伊織は当然でしょ、とでも言いたげに頷くと、
「でも雪歩のお茶もとっても美味しいから飲んでみなさいよ?」
「そうだな」
俺は伊織に薦められるがままに湯のみを受け取って、ごくりと一口。
「・・・あれ?」
もう一口。
「・・・えらく温い。その割になんかさっぱりするって言うか、飲みやすいのにきちんとお茶の味があるって言うか?」
「ま、アンタのボギャブラリーじゃそんなもんでしょうね〜、にひひっ」
「もー、伊織ちゃん!ぷ、プロデューサー?ど、どうでしょうか?」
「いや、とっても美味しいよ、雪歩」
「あ、ありがとうございますー」
2人は向き合って笑いあっている・・・なんでだ?
「雪歩、アンタすごいわねぇ。風邪引いた人の喉の調子に合わせるだけじゃなくて、刺激の強いハーブティにも負けないようにお茶を入れられるなんて」
「そ、そんなー、私じゃなくて、葉っぱが良かったからだよー」
「そんなことないわよ、こりゃ私も負けてられないわねー。ね、ね、今度さー?」
俺を放置してわいわいと盛り上がる2人にも、まだまだ共有していない共通点があったんだなぁ。ま、結果的に2人で認め合っているみたいだし、これはこれで喋る会話のネタも広がったようだ。
それにしても、楽しげにお喋りするこの微笑ましい2人を見ていると、昨日のアレで荒みきった俺の心が癒されていくようだ。もう一口、お茶をすする。・・・別にお茶の味なんか気にしないような俺でも、旨いって分かるもんなぁ。
お茶も飲み終わり、さらにまったりしていたときだ。
「それでアンタ、どーすんのよ?」
伊織が唐突に俺に話しかけてきた。・・・一体何が?
「・・・はぁっ、惚けないでよ?春香たちだけじゃなくてさ、私たち全員の今後のこと、考えなくっちゃいけないんじゃない?」
・・・ああそのことか、でもなぁ。
「いや、さっきもちらりとは言ったけど、誰かを贔屓したりとか出来ないぞ、少なくても今の俺は」
「何よそれ・・・」
伊織は如何にもやれやれ、ってな具合なポーズを決めてから、つい、と視線を俺からずらした。
それからボソボソと
「ま、アンタのソレが口だけじゃないってことぐらい、分かっているから下手に反論出来ないのよねぇ」
俺には聞き取れないぐらいの小声で呟いた。
「で・も!」
「私たちとは最後までちゃ―――んとっ、付き合うのよっ!そこはきちんとしてくれないと許せないわっ!」
「ああ、それはもちろん」
伊織の勢いに押される形で答えてやる。だがまぁ、その言葉は本気だ。だけど・・・、
「俺はそれよりも伊織が自分のことだけじゃなくて、みんなのことを気に掛けていてくれたことが嬉しくてしょうがないぞ。いや、成長したなぁ、伊織」
それが嬉しくてしょうがなかったりする。いや、ホントあの天上天下唯我独尊娘がなぁ。
「な、なななななな、何言ってるのよっ!わ、私はただ・・・」
「ただ・・・?」
「な、何でもいいでしょっ!でも、いいっ?ほんとーにっ、私に相談せずに勝手に決めちゃったりなんかしたら許さないからねっ!」
ま、最後はやっぱり伊織らしいかな?
その日の帰り道。
伊織と雪歩が一緒にプロデューサーの家から出てくると同時に、伊織が雪歩の方へと向き直った。どうやら、先ほどのセリフの真意を言いたくて仕方無かったらしい。
「ま、つまりは私たちより先に引退する春香たちには悪いけど、アノ娘たちはさよならってことで?にひひっ、私って天才っ☆」
伊織ちゃん、そんなこと考えてたんだ。でも、それって・・・?
「私たちより後にデビューしたやよいちゃんたちが居るんだから、私たちも春香さんたちとおんなじなんじゃあない?」
「あ・・・」
伊織ちゃんはぽかーんと、呆けた表情してる。もしかして、全然気付いてなかったのかなぁ?
「だ、だったら最終的には拉致、しかないかも?」
ぼそりっと、伊織ちゃんが何か言ったけど、私は聞かなかったことにしたいと思います。ご、ごめんなさい、プロデューサー!だって、伊織ちゃん、なんだか本気っぽいんだもん・・・。もし聞いてみて、本気だし、とか返されたら、私、どうしたらいいのか分からなくなっちゃいますーっ!
・・・でも、どうせなら、私が先に実行しちゃった方がいいのかなぁ?私影薄いし、こっそりとだったら、気付かれないよね?よし、頑張ってみよっ、えいえいおーぅ!
・・・あの、それから伊織ちゃん?
結局オデコのアレ、剥がしてないよ?
途中から違和感無くなっちゃって、言いそびれたけど・・・
(続く)